グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



ホーム >  ジンシャの生活 >  海外フィールドワーク報告2022:インド(オンライン)

海外フィールドワーク報告2022:インド(オンライン)


コロナ禍で物理的な渡航が制限される中、国際文化学科の展開科目Dのひとつ「海外フィールドワークA(インド)」を、 2022年4月から1年間、オンラインで実施しました。
毎週1回、名市大とインドの亡命チベット人の定住地をZOOM接続し、チベット仏教ゲルク派の僧侶を講師にテキスト購読したり、インドで難民として生活する亡命チベット社会のさまざまな人にインタビューを実施しました。

授業風景

授業風景

インド最大規模のチベット難民単独定住地「ムンゴッド」

インド最大規模のチベット難民単独定住地「ムンゴッド」

ムンゴッドのあるインド共和国カルナータカ州

ムンゴッドのあるインド共和国カルナータカ州

テキスト購読では、チベット人の精神性の基礎となるチベット仏教の論理学を学びました。英語のテキストを読んで日本語訳を作成し、内容について講師の僧侶と論理学の練習を繰り返しました。
フィールドワークでは、画面越しではあるものの、生身の亡命チベット人と実際に会話することで、対人コミュニケーション力や質問力を培うことに努めました。現地のコーディネーターが僧院や尼僧院、亡命政府の執務室、定住地の路地に行ってインタビュー対象者と名市大を繋いでくれました。どこまで個人的なことを聞いていいのか距離感がつかめず戸惑ったり、インタビューが終わった後に「あれも聞けばよかった」「こう言えばよかった」と反省している学生の姿も見られました 。
この経験が、コロナ禍が明けて実施される臨地の研修に活かされることを願っています。(担当教員:榎木 美樹)

講師を依頼したチベット仏教ゲルク派のジャンツェ寺院

講師を依頼したチベット仏教ゲルク派のジャンツェ寺院

テキストに使用した “Science and Philosophy in the Indian Buddhist Classics,”(Vol.1 )チベット語で書かれた仏教入門書の英訳本

テキストに使用した “Science and Philosophy in the Indian Buddhist Classics,”(Vol.1 )。チベット語で書かれた仏教入門書の英訳本

<授業の感想> 報告書より抜粋

【報告者】
人文社会学部 国際文化学科2年(学年は2022年度時点) 安藤詩織さん・岩田芽生萌さん・佐藤さくらさん・堀テンネシー順子さん
● 物事の存在の仕方には「原因と結果」、「内在している物」の2種類あるという考え方を学んだ。物事の存在の仕方について考えたことがなかったので、このような考え方もあるのかと納得した。永遠の愛はないと言われてとてもショックを受けた。

授業風景

授業風景

●仏教学を学ぶにあたって、物は存在するが存在していないという主張に誰もが躓くであろう。困惑する生徒に対し、ゲシェラ は「そこに本があるとする。あなたは本だと認識する。しかし真の姿の本はあなたには見えていないのだ。本は存在するが存在しないのである」と例え話をした。私にはそのような例えをすぐには理解ができなかった。それどころか〈本は本である。それ以外の何であろうか〉とさえ思った。このような調子では授業に置いて行かれるかもしれないという不安を覚え、さっそく対策を練り、理解できるよう努めた。(…中略…)フィールドワークを行う人々は、柔軟な視野を持つ必要があると感じた。それがとても難しく、気づけば個人的な判断や偏見が混じって、事実をありのままに受け止められていないという状態になることに気づくことができたのが最大の学びだったと私は思う。
※「ゲシェラ」=先生の意。講師を依頼したロドェ・サンポ師を指す。
●授業で最も印象的だったことは「無常」という考え方である。何かが物質的に無くなったとしても、そのものの概念ができてしまったら、それは永久的にはなくならないという考え方を知り、理解することができた。(…中略…)授業中にインドの僧院の中継で僧侶たちが問答の練習をしているところを見ているときに、僧侶たちは質問されたらすぐに回答していたため、あまり難しさを感じることができなかったが、ゲシェラと実際に問答の練習をした際に、質問されたらすぐに言い返すことができなくてとても難しいことが分かった。この問答の練習を何回も繰り返し行うことによって、論理的な思考を鍛えられることが十分に理解できた。
●それまでは、宗教は非科学的で何だかあやしいものというイメージを抱いていた。しかし、この授業を通して、宗教そのものに対する考え方が大きく変わった。チベット仏教では論理的思考が求められる。その例の一つとして、四依がある。
「文字ではなく、意味に頼りなさい」「常識ではなく、真の知恵に頼りなさい」「教えを説く人ではなく、教えそのものに頼りなさい」「暫定的な意味の経ではなく、確定的な意味の経に頼りなさい」
僧たちはこれに従って日々修行している。権威ある経典がそのように書いているから、高僧がそのように言ったからと、教義を説明するのではない。仲間同士で問答したり、師に疑問をぶつけたりするのだ。批判的に論理的に考えることの重要性を改めて認識することができた。と同時に、宗教そのものが何だかあやしいものだとは思わなくなった。授業内でゲシェラとの問答があったが、論理的な返答をするのは、とても難しかった。この四依を実践するのは簡単なことではないだろうが、実践してみたい。

「四依」について説明するチベット人僧侶ロドェ・サンポ師

「四依」について説明するチベット人僧侶ロドェ・サンポ師

<授業内エクササイズ>

論理学の練習問題として、ゲシェラと以下を問答しました。
【参照】
チベット中央政権文部省著、石濱裕美子・福田洋一訳(2012)『チベットの歴史と宗教:チベット中学校歴史宗教教科書』(世界の教科書シリーズ35)明石書店、pp.194-195(第3部 論理学「学習課題」)(太字は担当教員・榎木加筆)
<問>
「壺を主題として、無常であることが帰結する。なぜならば、実在するものであるから」という論証式における議論の主題と論証されるべき属性(所証)と論証の根拠(論証因)がそれぞれ何であるかを指摘しなさい。
<回答> 主題: ・ 所証:無常 ・ 論証因:実在するもの
<問>
「カラスを主題として、黒であることが帰結する。なぜならば鳥であるから」という論証式について可能な「その通り」と「何故か」と「根拠が成り立たない」と「必然性がない」という4つの答弁の内容を、具体的に述べなさい。
<問答内容の一部>
A(主題)を主題として、B(所証)であることが帰結する。何故ならC(論証因)であるから。
・「その通り」:A=B=C
・「何故か」:A≠B
・「根拠が成り立たない」:A≠C
・「必然性がない」:B≠C

「その通り」 カラスは、黒であると同意する。
「何故か」 カラスが、黒であるのは何故か。
(カラスは、黒であると同意しない)
「根拠が成り立たない」 カラス〔は黒であるということ〕について、鳥であるという根拠は成立しない。
(カラスは鳥ではない)
「必然性がない」 あるものが鳥であるならば、それが必ず黒であるという必然性はない。