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妊産婦向けアプリで産後の抑うつ軽減


対人関係療法に基づくスマホアプリを初妊婦350人で検証
利用者の9割が満足度の基準を満たし、産後1か月で抑うつ症状に差
Psychological Medicine(英国ケンブリッジ大学出版局)、2026年9月24日

研究成果の概要

名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野の利重裕子、明智龍男らと、産科婦人科学分野の後藤志信を含む研究グループは、塩野義製薬株式会社と共同で、対人関係療法(注1)に基づく妊産婦向けスマートフォンアプリを開発しました。全国の初めて出産を迎える妊婦350人を対象にランダム化比較試験(注2)を実施し、アプリを利用した人の満足度と、抑うつ症状への効果を検証しました。アプリを利用したグループの満足度を評価したところ、90.2%が事前に設定した基準を満たしました。妊娠中の8週間では、2つのグループの間で抑うつ症状に明らかな差はみられませんでしたが、産後1か月では、アプリを使ったグループの方が、使わなかったグループより抑うつ症状が有意に低いことがわかりました。手軽なアプリが、妊娠中から産後の心の健康を支える新たな手段となる可能性があります。

研究のポイント

  • 対人関係療法に基づく妊産婦向けセルフケアアプリを開発し、全国の初妊婦350人で満足度と効果を検証
  • アプリ利用者の満足度を評価したところ、90.2%が事前に設定した基準を満たした
  • 妊娠中(開始8週後)は2つのグループで抑うつ症状に明らかな差はなかったが、産後1か月では、アプリを使ったグループの方が、抑うつ症状が有意に低かった

背景

妊娠中から産後にかけてのうつ(周産期うつ(注3))は、世界的な健康課題です。妊娠中のうつは、早産や低出生体重、自殺関連行動のリスクを高めます。また、産後うつのリスクを高めることも知られています。
そのため国際的なガイドラインでは、うつを予防するための心理的支援が推奨されています。対人関係療法や認知行動療法は、周産期うつの治療と予防に効果があると示されています。
しかし、対面での心理療法は、時間の制約や専門家の不足、費用の面から利用が難しい場合があります。スマートフォンアプリは、より手軽に多くの人へ届けられる手段として期待されています。ただし、妊産婦を対象とした対人関係療法に基づくアプリの効果は、十分に検証されていませんでした。

研究の成果

研究グループは、2024年11月から12月にかけて、オンライン広告とはがきで全国から参加者を募集しました。対象は、パートナーがいる18歳から39歳の初妊婦で、妊娠16週から28週の方です。
参加した350人を、アプリを使うグループ(176人)と通常の妊婦健診のみのグループ(174人)に無作為に分けました。アプリでは、チャットボットと対話しながら、週1回5分から10分のレッスンを8週間続けます。気分の記録や、身近な人間関係を図にする機能もあります。
アプリを使ったグループは8週間で平均約36日アプリを開き、8回のレッスンのうち平均7.45回を終えました。満足度を測る質問票(CSQ-8J(注4))で評価したところ、8週後に回答した174人中157人(90.2%)が事前に設定した基準点を満たしました。
抑うつ症状はPHQ-9(注5)で評価しました。開始8週後(妊娠中)には、2つのグループの間に有意な差はありませんでした。一方、産後1か月では、アプリを使ったグループの得点が、使わなかったグループより1.01点低く、統計的に有意な差がみられました。周産期の抑うつ症状を評価する質問票(EPDS(注6))でも、産後1か月で同様の差(1.51点)がみられました。
妊娠中の時点で軽い抑うつ症状があった人(PHQ-9が5点以上)では、アプリ群でより良好な変化がみられました。ただし、これは探索的な分析です。アプリとの関連が疑われる有害事象はありませんでした。

図1

図:抑うつ症状(PHQ-9得点)の推移。オレンジ色がアプリ群、青色が対照群です。産後1か月では、アプリ群の得点が対照群より低くなっています。点は各時点の平均値、縦線は95%信頼区間を示します。(出典:Toshishige et al., Psychological Medicine, 2026, CC BY-NC-ND 4.0)

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

本研究は、対人関係療法に基づく妊産婦向けアプリの満足度と効果を、大規模なランダム化比較試験で検証した先駆けとなる研究です。専門家の支援を必要とせず、自分のペースで使えるアプリが、多くの妊産婦に受け入れられることを示しました。
産後1か月でアプリ群の抑うつ症状が対照群より低かった背景には、妊娠中にアプリを通じて学んだ対人関係のスキルが、産後の生活の中で生かされた可能性があります。産後は、親になるという大きな役割の変化を経験し、パートナーや家族など身近な人との関係にも、さまざまな変化や課題が生じることがあります。アプリでの学びが、こうした変化や対人関係上の課題への対応に役立った可能性があります。
アプリには安全機能も備えています。自分を傷つけるという考えがみられた場合には、厚生労働省の相談窓口へのリンクが表示されます。
このアプリは、将来的に妊産婦が直接ダウンロードして利用できる形での提供を目指しています(提供方法は未定)。一方、本研究の対象はパートナーがいる18歳から39歳の初妊産婦に限られ、産後の評価も1か月まででした。今後は、より多様な人を対象に、より長期的な効果を検証する研究が必要です。

論文情報等

【用語解説】
注1 対人関係療法(IPT):うつ病に対する効果が実証されている心理療法で、身近な人との関係と気分のつながりに注目する。妊娠・出産に伴う母親という新たな役割への適応や、パートナー・家族との期待のずれやコミュニケーションに焦点を当て、対人関係の問題への対処を通じてうつ症状の改善を支えます。
注2 ランダム化比較試験:参加者をくじ引きのように無作為にグループ分けし、効果を比べる研究方法です。治療効果を確かめる最も信頼性の高い方法の一つです。
注3 周産期うつ:妊娠中から産後にかけて起こるうつ病やうつ症状のことです。
注4 CSQ-8J:提供された支援やサービスに対する満足度を評価する8項目の質問票(日本語版)です。本研究では32点満点中17点以上を、満足度の基準として事前に設定しました。
注5 PHQ-9:過去2週間の気分をもとに、抑うつ症状を9つの質問で評価する質問票です(0点から27点)。得点が高いほど抑うつ症状が強いことを示します。
注6 EPDS(エジンバラ産後うつ病質問票):過去7日間の気分をもとに、周産期の抑うつ症状を評価する10項目の質問票です(0点から30点)。得点が高いほど抑うつ症状が強いことを示します。

【研究助成】
本研究は、塩野義製薬株式会社の資金提供を受け、名古屋市立大学と同社の共同研究として実施しました。

【論文タイトル】
Acceptability and efficacy of a smartphone intervention informed by interpersonal psychotherapy for perinatal mental health: A randomized controlled trial

【著者】
利重 裕子1*†, 岡見 拓哉1†, 茶谷 奈津美2, 川崎 志織2, 後藤 志信3, 吉田 祐樹4, 高橋 祐策4, 島崎 美咲1, 三春 洋介2, 古川 壽亮5, 水島 広子6, 田中 英三郎7, 前川 浩子8, 明智 龍男1

1 名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野
2 塩野義製薬株式会社 DX新規事業推進室
3 名古屋市立大学大学院医学研究科 産婦人科学分野
4 塩野義製薬株式会社 データサイエンス部
5 京都大学 成長戦略本部
6 水島広子こころの健康クリニック
7 東京大学 相談支援研究開発センターキャンパスウェルビーイング推進分野
8 金沢学院大学
(*Corresponding author) †共同筆頭著者

【掲載学術誌】
学術誌名:Psychological Medicine, 56, e295 (2026)
DOI番号:10.1017/S0033291726105868