高脂肪食で生じる抑うつ様行動に対する抗炎症物質の投与と運動の併用による増強的治療効果――代謝異常、脳内炎症、神経新生、腸内細菌叢の変化を伴う治療戦略をマウスで検証――
発表のポイント
高脂肪食によって生じる代謝異常および抑うつ様行動に対し、抗炎症作用を持つ「可溶性Siglec-9(注1)」の投与と「自発運動」の併用介入が、マウスモデルにおいて顕著な増強的改善効果を示すことを発見しました。
介入により、脳内(海馬・視床下部)におけるミクログリア(注2)活性化やアストログリオーシス(注3)の抑制、海馬での神経新生(注4)の増加、血清レプチン濃度の低下が観察されました。
腸内細菌叢解析において炎症関連菌属の減少と短鎖脂肪酸(注5)産生菌属の増加が認められ、腸脳相関を介した多器官連関アプローチおよび薬物療法と運動療法の併用による新たな治療戦略の有用性を示しました。
介入により、脳内(海馬・視床下部)におけるミクログリア(注2)活性化やアストログリオーシス(注3)の抑制、海馬での神経新生(注4)の増加、血清レプチン濃度の低下が観察されました。
腸内細菌叢解析において炎症関連菌属の減少と短鎖脂肪酸(注5)産生菌属の増加が認められ、腸脳相関を介した多器官連関アプローチおよび薬物療法と運動療法の併用による新たな治療戦略の有用性を示しました。

概要
名古屋市立大学医学部附属リハビリテーション病院リハビリテーション科 助教 松原 弘記(名古屋市立大学大学院医学研究科リハビリテーション医学分野、主任教授:植木 美乃)らの研究グループは、高脂肪食によって生じる代謝異常と抑うつ様行動変化に対して、抗炎症作用をもつ可溶性Siglec-9の投与と自発運動を組み合わせた介入が有効である可能性を、マウスを用いた研究で示しました。介入を行った群では、高脂肪食のみを与えた群に比べて体重の減少とともに抑うつ様行動が有意に抑制され、特に可溶性Siglec-9の投与と自発運動を併用した群でより大きな改善が認められました。本研究は、豊橋創造大学(理学療法学科;塚田 晋太朗講師)、名古屋葵大学(理学療法学科;石田 和人教授、纐纈 真之介助教:現 国立長寿医療研究センター)、徳島大学(組織再生制御学;山本 朗仁教授)との共同研究で実施されました。
脳組織の解析では、介入群で海馬と視床下部におけるミクログリア活性化とアストログリオーシスの軽減がみられ、海馬では神経新生の増加も確認されました。代謝解析では、食欲やエネルギー代謝の調節に関わるホルモンであるレプチンの血清濃度が有意に低下しました。さらに腸内細菌叢解析では、炎症関連菌属が減少し、短鎖脂肪酸産生菌属が増加しました。培養ミクログリアを用いた実験でも、可溶性Siglec-9 は炎症性環境下で、抗炎症性かつ神経栄養的なM2様状態(注6)への移行を促しました。
本研究は、代謝異常に抑うつ様行動を伴う病態に対して、抗炎症物質と運動を組み合わせる治療戦略の可能性を示す成果です。研究成果は、2026年10月6日に国際学術誌PNAS Nexusにaccepted manuscriptとしてオンライン公開されました。PNAS Nexusはオックスフォード大学出版局(Oxford University Press)と米国科学アカデミー(National Academy of Sciences; NAS)が展開するオープンアクセス総合科学雑誌です。
脳組織の解析では、介入群で海馬と視床下部におけるミクログリア活性化とアストログリオーシスの軽減がみられ、海馬では神経新生の増加も確認されました。代謝解析では、食欲やエネルギー代謝の調節に関わるホルモンであるレプチンの血清濃度が有意に低下しました。さらに腸内細菌叢解析では、炎症関連菌属が減少し、短鎖脂肪酸産生菌属が増加しました。培養ミクログリアを用いた実験でも、可溶性Siglec-9 は炎症性環境下で、抗炎症性かつ神経栄養的なM2様状態(注6)への移行を促しました。
本研究は、代謝異常に抑うつ様行動を伴う病態に対して、抗炎症物質と運動を組み合わせる治療戦略の可能性を示す成果です。研究成果は、2026年10月6日に国際学術誌PNAS Nexusにaccepted manuscriptとしてオンライン公開されました。PNAS Nexusはオックスフォード大学出版局(Oxford University Press)と米国科学アカデミー(National Academy of Sciences; NAS)が展開するオープンアクセス総合科学雑誌です。
発表内容
『研究の背景』
肥満や高脂肪食の長期摂取は、体重増加や糖代謝異常などの代謝障害だけでなく、慢性炎症や腸内細菌叢の乱れを介して気分障害に関わる可能性が指摘されています。近年では、腸内環境の変化が免疫系や脳機能に影響し、うつ病の発症や増悪に関与するという腸脳相関への関心が高まっています。
一方、運動には抗うつ作用や抗炎症作用があることが知られており、代謝異常や神経炎症の改善にも関与する可能性があります。また、可溶性Siglec-9は本研究者らからこれまでに炎症性疾患に対する治療効果が報告されている分子で、免疫細胞の炎症反応を調節する働きが期待されています。
しかし、高脂肪食によって生じる代謝異常と抑うつ様変化に対して、可溶性Siglec-9がどのような効果を示すか、さらに運動と組み合わせたときにどのような変化が起こるかは、これまで十分に明らかではありませんでした。
肥満や高脂肪食の長期摂取は、体重増加や糖代謝異常などの代謝障害だけでなく、慢性炎症や腸内細菌叢の乱れを介して気分障害に関わる可能性が指摘されています。近年では、腸内環境の変化が免疫系や脳機能に影響し、うつ病の発症や増悪に関与するという腸脳相関への関心が高まっています。
一方、運動には抗うつ作用や抗炎症作用があることが知られており、代謝異常や神経炎症の改善にも関与する可能性があります。また、可溶性Siglec-9は本研究者らからこれまでに炎症性疾患に対する治療効果が報告されている分子で、免疫細胞の炎症反応を調節する働きが期待されています。
しかし、高脂肪食によって生じる代謝異常と抑うつ様変化に対して、可溶性Siglec-9がどのような効果を示すか、さらに運動と組み合わせたときにどのような変化が起こるかは、これまで十分に明らかではありませんでした。

『研究の内容』
研究グループは、マウスに8週間にわたり高脂肪食を自由摂取させ、最初の4週目に体重の増加と抑うつ様行動の発現を確認したのちに、最終4週間に介入を行いました。介入では、可溶性Siglec-9の投与、自発運動(飼育ケージ内に回転運動器具を設置)、またはその併用を行い、高脂肪食のみを継続した群と比較しました。
行動評価では、介入群で各種抑うつ様行動の有意な抑制が確認されました。中でも、可溶性Siglec-9と自発運動の併用群でより大きな効果がみられました(右図)。
研究グループは、マウスに8週間にわたり高脂肪食を自由摂取させ、最初の4週目に体重の増加と抑うつ様行動の発現を確認したのちに、最終4週間に介入を行いました。介入では、可溶性Siglec-9の投与、自発運動(飼育ケージ内に回転運動器具を設置)、またはその併用を行い、高脂肪食のみを継続した群と比較しました。
行動評価では、介入群で各種抑うつ様行動の有意な抑制が確認されました。中でも、可溶性Siglec-9と自発運動の併用群でより大きな効果がみられました(右図)。

組織学的解析では、海馬および視床下部において、ミクログリア活性化とアストログリオーシスの抑制が認められました。また海馬では、神経新生の増加が確認され、脳内炎症の軽減と神経可塑性の改善が示唆されました。
代謝面の評価では、介入群で体重が減少し、食欲やエネルギー代謝の調節に関わるホルモンであるレプチンの血清濃度も有意に低下しました(右図)。こうした変化は、乱れていた摂食調節機能の改善を示唆するものです。
腸内細菌叢解析では、介入群において炎症性の菌属が減少し、短鎖脂肪酸を産生する菌属が増加しました。短鎖脂肪酸は腸内環境や免疫調節に重要とされており、腸内細菌叢の改善が全身炎症や脳内代謝神経機能の変化と関係している可能性があります。
さらに、初代培養ミクログリアを用いたin vitro実験では、monocyte chemoattractant protein-1(注7) と chondroitin sulfate proteoglycans(注8)の存在下で、可溶性Siglec-9 が抗炎症性かつ神経栄養的なM2様表現型への移行を促しました。これにより、可溶性Siglec-9の作用機序の一端として、ミクログリアの炎症性状態を調整する可能性が支持されました。
代謝面の評価では、介入群で体重が減少し、食欲やエネルギー代謝の調節に関わるホルモンであるレプチンの血清濃度も有意に低下しました(右図)。こうした変化は、乱れていた摂食調節機能の改善を示唆するものです。
腸内細菌叢解析では、介入群において炎症性の菌属が減少し、短鎖脂肪酸を産生する菌属が増加しました。短鎖脂肪酸は腸内環境や免疫調節に重要とされており、腸内細菌叢の改善が全身炎症や脳内代謝神経機能の変化と関係している可能性があります。
さらに、初代培養ミクログリアを用いたin vitro実験では、monocyte chemoattractant protein-1(注7) と chondroitin sulfate proteoglycans(注8)の存在下で、可溶性Siglec-9 が抗炎症性かつ神経栄養的なM2様表現型への移行を促しました。これにより、可溶性Siglec-9の作用機序の一端として、ミクログリアの炎症性状態を調整する可能性が支持されました。
『研究成果の意義』
本研究の重要な点は、代謝異常に伴う抑うつ様行動に対して、抗炎症物質と自発運動を組み合わせる介入の有望性を、行動、組織、代謝、腸内細菌叢、細胞実験の複数のレベルから示したことです。特に、抑うつ様行動の改善が、腸内細菌叢の変化、脳内炎症の軽減、神経新生の増加と並行して観察された点は、代謝異常と抑うつ様行動の背景にある複合的な病態理解につながります。
また、本研究は高脂肪食によって抑うつ様行動が発現した後に介入を開始しており、予防的介入ではなく、すでに症状を呈した病態に対する治療的戦略という観点から検討された点にも意義があります。
さらに、可溶性Siglec-9 単独だけでなく、自発運動との併用でより大きな効果が示されたことは、薬理学的介入と非薬物的介入を組み合わせた新たな治療戦略の可能性を示しています。
うつ病は単一の原因で生じるものではなく、代謝、免疫、神経、腸内環境など多くの要因が関与します。本研究は、こうした複雑な病態に対して、複数の生体システムに同時に働きかける治療アプローチの重要性を示すものです。
『今後の展望』
今回の研究はマウスを用いた基礎研究であり、ヒトにそのまま当てはまると結論づけるものではありません。今後は、可溶性Siglec-9と自発運動の併用がどの分子経路を通じて効果を発揮するのかをさらに詳しく検証するとともに、代謝異常や気分障害の新たな治療戦略につながる可能性を探る必要があります。
また、腸内細菌叢、免疫、神経系がどのように連動して変化するのかを明らかにすることで、肥満や代謝異常に伴う精神症状への理解が深まり、将来的には予防や個別化介入の開発にもつながることが期待されます。
本研究の重要な点は、代謝異常に伴う抑うつ様行動に対して、抗炎症物質と自発運動を組み合わせる介入の有望性を、行動、組織、代謝、腸内細菌叢、細胞実験の複数のレベルから示したことです。特に、抑うつ様行動の改善が、腸内細菌叢の変化、脳内炎症の軽減、神経新生の増加と並行して観察された点は、代謝異常と抑うつ様行動の背景にある複合的な病態理解につながります。
また、本研究は高脂肪食によって抑うつ様行動が発現した後に介入を開始しており、予防的介入ではなく、すでに症状を呈した病態に対する治療的戦略という観点から検討された点にも意義があります。
さらに、可溶性Siglec-9 単独だけでなく、自発運動との併用でより大きな効果が示されたことは、薬理学的介入と非薬物的介入を組み合わせた新たな治療戦略の可能性を示しています。
うつ病は単一の原因で生じるものではなく、代謝、免疫、神経、腸内環境など多くの要因が関与します。本研究は、こうした複雑な病態に対して、複数の生体システムに同時に働きかける治療アプローチの重要性を示すものです。
『今後の展望』
今回の研究はマウスを用いた基礎研究であり、ヒトにそのまま当てはまると結論づけるものではありません。今後は、可溶性Siglec-9と自発運動の併用がどの分子経路を通じて効果を発揮するのかをさらに詳しく検証するとともに、代謝異常や気分障害の新たな治療戦略につながる可能性を探る必要があります。
また、腸内細菌叢、免疫、神経系がどのように連動して変化するのかを明らかにすることで、肥満や代謝異常に伴う精神症状への理解が深まり、将来的には予防や個別化介入の開発にもつながることが期待されます。
論文情報等
発表者・研究者等情報
論文情報
- 松原 弘記(名古屋市立大学医学部附属リハビリテーション病院リハビリテーション科 助教 / 大学院医学研究科リハビリテーション医学分野)(注)筆頭著者・責任著者
- 塚田 晋太朗(豊橋創造大学 保健医療学部 理学療法学科 講師)(注)共同筆頭著者
- 纐纈 真之介(国立長寿医療研究センター 神経免疫研究部 / 元・名古屋葵大学)
- 石田 和人(名古屋葵大学 医療保健学部 理学療法学科 教授)
- 山本 朗仁(徳島大学 大学院医歯薬学研究部 組織再生制御学 教授)
- 植木 美乃(名古屋市立大学 大学院医学研究科 リハビリテーション医学分野 主任教授)
論文情報
| 論文タイトル | Soluble Siglec-9 combined with exercise ameliorates HFD-induced metabolic and depressive-like phenotypes with gut-brain axis changes |
| 雑誌 | PNAS Nexus |
| 著者 | Kohki Matsubaraa, 1, Shintaro Tsukadaa, b, 1, Shinnosuke Koketsuc, Kazuto Ishidaa, d, Akihito Yamamotoe, Yoshino Uekia |
| 所属 | a Department of Rehabilitation Medicine, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya, Japan b Department of Physical Therapy, Toyohashi SOZO University School of Health Sciences, Toyohashi Japan c Department of Neuroimmune System, National Center for Geriatrics and Gerontology, Obu, Japan d Department of Physical Therapy, Nagoya Aoi University Faculty of Medical Science, Nagoya, Japan e Department of Tissue Regeneration, Tokushima University Graduate School of Biomedical Sciences, Tokushima, Japan 1 K.M. and S.T. contributed equally to this work. |
| DOI | https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgag340 |
| 著者連絡先 | Corresponding author: Kohki Matsubara Department of Rehabilitation Medicine, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences 1, Kawasumi, Mizuho-cho, Mizuho-ku, Nagoya, 467-8601 Japan Tel: +81-52-853-8733 Fax: +81-52-853-8735 e-mail: k.matsu0520@gmail.com |
accepted manuscriptとしてのオンライン公開日:2026年10月6日
研究者コメント
本研究では、高脂肪食による代謝異常と抑うつ様行動に対し、抗炎症物質と自発運動を組み合わせた介入が有望である可能性を示しました。今後は、腸内細菌叢、炎症、神経系の相互作用をさらに詳しく調べることで、複雑な病態に対する新しい治療戦略の構築につなげたいと考えています。
用語解説
◆注1 可溶性Siglec-9
免疫反応の調節に関わる分子Siglec-9 の可溶型です。炎症を抑える作用が期待されています。
◆注2 ミクログリア
脳内に存在する免疫担当細胞です。過剰に活性化すると神経炎症に関与します。
◆注3 アストログリオーシス
脳の支持細胞であるアストロサイトが反応性に変化した状態です。神経炎症の指標のひとつです。
◆注4 神経新生
新しい神経細胞が生まれる現象です。海馬では学習や気分調節との関連が知られています。
◆注5 短鎖脂肪酸
腸内細菌が食物繊維などから産生する代謝物で、腸内環境や免疫機能の調節に関与します。
◆注6 M2様状態
ミクログリアやマクロファージが、炎症を抑えたり組織の修復を助けたりする方向に傾いた状態です。
◆注7 monocyte chemoattractant protein-1
炎症部位に免疫細胞を引き寄せる働きをもつ分子です。
◆注8 chondroitin sulfate proteoglycans
細胞の周囲に存在する成分で、炎症や組織修復、神経の再生環境に関わります。
◆参考 レプチン
脂肪組織から分泌されるホルモンで、食欲やエネルギー代謝の調節に関わります。
研究者コメント
本研究では、高脂肪食による代謝異常と抑うつ様行動に対し、抗炎症物質と自発運動を組み合わせた介入が有望である可能性を示しました。今後は、腸内細菌叢、炎症、神経系の相互作用をさらに詳しく調べることで、複雑な病態に対する新しい治療戦略の構築につなげたいと考えています。
用語解説
◆注1 可溶性Siglec-9
免疫反応の調節に関わる分子Siglec-9 の可溶型です。炎症を抑える作用が期待されています。
◆注2 ミクログリア
脳内に存在する免疫担当細胞です。過剰に活性化すると神経炎症に関与します。
◆注3 アストログリオーシス
脳の支持細胞であるアストロサイトが反応性に変化した状態です。神経炎症の指標のひとつです。
◆注4 神経新生
新しい神経細胞が生まれる現象です。海馬では学習や気分調節との関連が知られています。
◆注5 短鎖脂肪酸
腸内細菌が食物繊維などから産生する代謝物で、腸内環境や免疫機能の調節に関与します。
◆注6 M2様状態
ミクログリアやマクロファージが、炎症を抑えたり組織の修復を助けたりする方向に傾いた状態です。
◆注7 monocyte chemoattractant protein-1
炎症部位に免疫細胞を引き寄せる働きをもつ分子です。
◆注8 chondroitin sulfate proteoglycans
細胞の周囲に存在する成分で、炎症や組織修復、神経の再生環境に関わります。
◆参考 レプチン
脂肪組織から分泌されるホルモンで、食欲やエネルギー代謝の調節に関わります。