脳の神経細胞はどのように正しい場所にたどり着くのか―受容体を運ぶ運び屋タンパク質の発見―
研究成果の概要
名古屋市立大学大学院薬学研究科の河野孝夫准教授、服部光治教授らの研究グループは、大脳新皮質が形成される際に神経細胞が最終的な位置へ移動する仕組みの一端を明らかにしました。モータータンパク質ミオシンVa(Myo5a)が、リーリンという分子の受容体であるニューロピリン-1(Nrp1)を細胞内から細胞表面へ運ぶ"運び屋"として働いており、この輸送が滞ると神経細胞は大脳新皮質表層の正しい位置にたどり着けなくなることを発見しました。本研究成果は、米国科学誌The Journal of Neuroscience誌に、2026年8月24日付でオンライン掲載されました。
研究のポイント
- 神経細胞の細胞膜のすぐ内側に存在するタンパク質を網羅的に調べ、モータータンパク質「ミオシンVa(Myo5a)」を同定した。
- Myo5aは、リーリン受容体「ニューロピリン-1(Nrp1)」を細胞内から細胞表面へ運ぶ"運び屋"として働く。
- Myo5aの機能を阻害するとNrp1が細胞表面に届かず、神経細胞は最終位置に到達できず、樹状突起の形も異常になった。
- Nrp1の量をあらかじめ増やしておくと、Myo5aの機能を阻害しても、これらの異常は正常な状態まで回復した。
背景
私たちの思考、記憶や感覚を支える大脳新皮質は、6層が積み重なった精巧な構造をしています。この層構造は、脳の深部で生まれた神経細胞が脳の表面に向かって順番に移動し、遅れて生まれた細胞ほど外側(表層)に配置される「インサイド・アウト」と呼ばれる仕組みでつくられます。この配置の乱れは、滑脳症などの先天性脳疾患のほか、統合失調症や自閉スペクトラム症といった精神神経疾患との関連が指摘されています。
神経細胞移動の最終段階は「ターミナルトランスロケーション 注1」と呼ばれ、神経細胞が移動の足場としていた放射状グリア線維から離脱し、脳表面直下の領域へ最後に入り込む過程です。この段階では、神経細胞が脳表面から分泌される分子「リーリン 注2」を細胞表面の受容体で受け取ることが重要です。この受容体がNrp1およびVLDLR 注3であることを、河野准教授らのグループはこれまでの研究で明らかにしてきました(Kohno et al., J Neurosci, 2020)。しかし、これらの受容体が必要なタイミングで細胞表面に配置される仕組みは、十分に分かっていませんでした。
神経細胞移動の最終段階は「ターミナルトランスロケーション 注1」と呼ばれ、神経細胞が移動の足場としていた放射状グリア線維から離脱し、脳表面直下の領域へ最後に入り込む過程です。この段階では、神経細胞が脳表面から分泌される分子「リーリン 注2」を細胞表面の受容体で受け取ることが重要です。この受容体がNrp1およびVLDLR 注3であることを、河野准教授らのグループはこれまでの研究で明らかにしてきました(Kohno et al., J Neurosci, 2020)。しかし、これらの受容体が必要なタイミングで細胞表面に配置される仕組みは、十分に分かっていませんでした。
研究の成果
研究グループはまず、生きたマウスの脳の中で、「生後の限られた時期に」、「表層に配置される神経細胞の」、「細胞膜のすぐ内側に」存在するタンパク質だけを選び出す解析法を用いました。狙った神経細胞だけに膜局在型ビオチン化酵素を導入し(子宮内電気穿孔法 注4)、ビオチンを生後の特定の日に与える(近接依存性ビオチン標識法・BioID法 注5)ことで、場所と時期を限定したタンパク質の一覧を得るという方法です。
この解析により見つかったのが、モータータンパク質のミオシンVa(Myo5a)注6でした。Myo5aは、細胞内の骨格であるアクチン繊維の上を移動しながら荷物を運ぶ、いわば細胞内の「運び屋」です。さらに解析を進めたところ、Myo5aは、Nrp1を積み込んだ輸送小胞(積み荷を運ぶ小さな袋状の構造)を、細胞の内部から表面まで運ぶ役割を担っていることが分かりました。
Myo5aの働きを止めると、Nrp1は細胞内のゴルジ体 注7という荷物の集積所に留まったまま、細胞表面まで届かなくなりました(細胞表面のNrp1量は約3割減少しました)。その結果、神経細胞は皮質表層への移動(ターミナルトランスロケーション)を完了できず、途中で停滞しました。また、通常であれば移動完了時に短くなる突起が伸びたままとなり、突起の枝分かれも減少するなど、神経細胞の樹状突起形態に異常が生じました(図1)。
一方、Nrp1やVLDLR自体の量をあらかじめ多く作らせておくと、この異常は解消されました。運び屋であるMyo5aの働きが弱っていても、運ぶべき荷物の数を増やしておけば、細胞表面に届く量が必要な水準を満たせるためと考えられます。この結果から、Myo5aによる受容体の輸送は、神経細胞がリーリンを正しく受け取るために欠かせないと分かります。
この解析により見つかったのが、モータータンパク質のミオシンVa(Myo5a)注6でした。Myo5aは、細胞内の骨格であるアクチン繊維の上を移動しながら荷物を運ぶ、いわば細胞内の「運び屋」です。さらに解析を進めたところ、Myo5aは、Nrp1を積み込んだ輸送小胞(積み荷を運ぶ小さな袋状の構造)を、細胞の内部から表面まで運ぶ役割を担っていることが分かりました。
Myo5aの働きを止めると、Nrp1は細胞内のゴルジ体 注7という荷物の集積所に留まったまま、細胞表面まで届かなくなりました(細胞表面のNrp1量は約3割減少しました)。その結果、神経細胞は皮質表層への移動(ターミナルトランスロケーション)を完了できず、途中で停滞しました。また、通常であれば移動完了時に短くなる突起が伸びたままとなり、突起の枝分かれも減少するなど、神経細胞の樹状突起形態に異常が生じました(図1)。
一方、Nrp1やVLDLR自体の量をあらかじめ多く作らせておくと、この異常は解消されました。運び屋であるMyo5aの働きが弱っていても、運ぶべき荷物の数を増やしておけば、細胞表面に届く量が必要な水準を満たせるためと考えられます。この結果から、Myo5aによる受容体の輸送は、神経細胞がリーリンを正しく受け取るために欠かせないと分かります。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など
本研究は、モータータンパク質による細胞内の輸送制御が、神経細胞の位置決めや形態形成という脳の発生過程を支えていることを明らかにしました。大脳新皮質の層構造形成の異常は、てんかんや発達障害など様々な神経発達疾患との関連が指摘されています。リーリンの合図を受け取る仕組みは発達期の脳だけでなく成体の脳の機能維持にも関わっており、その異常はアルツハイマー病との関連も報告されています。そのため、今回の知見は、こうした疾患の理解にもつながる可能性があります。
さらに、Myo5a遺伝子の変異はヒトにおいてグリセリ症候群1型という指定難病の原因となることが知られており、色素異常に加えて、てんかんや発達の遅れといった神経症状を伴う場合があります。本研究の知見は、この疾患における神経系への影響を理解する手がかりになると考えられます。
さらに、Myo5a遺伝子の変異はヒトにおいてグリセリ症候群1型という指定難病の原因となることが知られており、色素異常に加えて、てんかんや発達の遅れといった神経症状を伴う場合があります。本研究の知見は、この疾患における神経系への影響を理解する手がかりになると考えられます。
用語解説
・注1 ターミナルトランスロケーション
神経細胞が大脳新皮質の中で最終的な位置に定着する際に行う、移動の最終段階。
・注2 リーリン
脳の発生過程で分泌される細胞外タンパク質。大脳新皮質の層構造形成を制御する。
・注3 Nrp1(ニューロピリン-1)/VLDLR
神経細胞の表面でリーリンを受け取る受容体。
・注4 子宮内電気穿孔法
母体内の胎仔の脳に、電気パルスを用いて外来遺伝子を導入する実験手法。
・注5 近接依存性ビオチン標識法(BioID法)
細胞内の特定の領域に存在するタンパク質だけにビオチンという目印をつけ、選び出して同定する手法。
・注6 ミオシンVa(Myo5a)
細胞内でアクチン繊維に沿って物質を輸送するモータータンパク質の一種。
・注7 ゴルジ体
細胞内でタンパク質の輸送や加工を担う細胞小器官。
神経細胞が大脳新皮質の中で最終的な位置に定着する際に行う、移動の最終段階。
・注2 リーリン
脳の発生過程で分泌される細胞外タンパク質。大脳新皮質の層構造形成を制御する。
・注3 Nrp1(ニューロピリン-1)/VLDLR
神経細胞の表面でリーリンを受け取る受容体。
・注4 子宮内電気穿孔法
母体内の胎仔の脳に、電気パルスを用いて外来遺伝子を導入する実験手法。
・注5 近接依存性ビオチン標識法(BioID法)
細胞内の特定の領域に存在するタンパク質だけにビオチンという目印をつけ、選び出して同定する手法。
・注6 ミオシンVa(Myo5a)
細胞内でアクチン繊維に沿って物質を輸送するモータータンパク質の一種。
・注7 ゴルジ体
細胞内でタンパク質の輸送や加工を担う細胞小器官。
論文情報等
【研究助成】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP20K07051、JP23K06119、JP23K27324)、名古屋市立大学 卓越研究グループ支援事業(2401101)の支援を受けて実施されました。
【論文タイトル】
Myosin Va regulates terminal translocation in the neocortex by controlling the trafficking of Neuropilin-1
(ミオシンVaはニューロピリン-1の輸送制御を介して大脳新皮質でのターミナルトランスロケーションを制御する)
【著者】
河野 孝夫*、沖野 理美、李 旻倩、服部 光治*
(*Corresponding author)
所属:名古屋市立大学大学院薬学研究科 病態生化学分野
【掲載学術誌】
学術誌名:The Journal of Neuroscience
DOI番号:10.1523/JNEUROSCI.2137-25.2026
【引用文献】
Kohno T, Ishii K, Hirota Y, Honda T, Makino M, Kawasaki T, Nakajima K, Hattori M. (2020)
Reelin-Nrp1 Interaction Regulates Neocortical Dendrite Development in a Context-Specific Manner. J Neurosci 40(43) 8248-8261 (2020)
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP20K07051、JP23K06119、JP23K27324)、名古屋市立大学 卓越研究グループ支援事業(2401101)の支援を受けて実施されました。
【論文タイトル】
Myosin Va regulates terminal translocation in the neocortex by controlling the trafficking of Neuropilin-1
(ミオシンVaはニューロピリン-1の輸送制御を介して大脳新皮質でのターミナルトランスロケーションを制御する)
【著者】
河野 孝夫*、沖野 理美、李 旻倩、服部 光治*
(*Corresponding author)
所属:名古屋市立大学大学院薬学研究科 病態生化学分野
【掲載学術誌】
学術誌名:The Journal of Neuroscience
DOI番号:10.1523/JNEUROSCI.2137-25.2026
【引用文献】
Kohno T, Ishii K, Hirota Y, Honda T, Makino M, Kawasaki T, Nakajima K, Hattori M. (2020)
Reelin-Nrp1 Interaction Regulates Neocortical Dendrite Development in a Context-Specific Manner. J Neurosci 40(43) 8248-8261 (2020)