光圧×流体圧で大腸がんの早期診断に貢献~ゴマ粒ほどの血液中のタンパク質を基準値の1/1000の濃度で計測~
発表者
大阪公立大学大学院理学研究科/LAC-SYS研究所 飯田 琢也 教授/所長
大阪公立大学大学院工学研究科/LAC-SYS研究所 床波 志保 教授/副所長
名古屋市立大学大学院医学研究科/愛知県がんセンター 田口 歩 教授/客員研究員
大阪公立大学大学院工学研究科/LAC-SYS研究所 床波 志保 教授/副所長
名古屋市立大学大学院医学研究科/愛知県がんセンター 田口 歩 教授/客員研究員
概要
大腸がんの患者数は世界的に増加しているため、早期診断技術の高度化が求められています。従来の診断技術は複雑で時間がかかり、多量の検体を必要とするなど感度や試料条件に課題があるため、簡便で高感度な診断方法が求められています。本研究グループは、光圧(注1)と流体圧(注2)の相乗効果により抗原抗体反応を加速し、数百ナノリットル(10-9 L; nL)という微量検体に含まれる、数百アトグラム(10-18 g; ag)の微量な大腸がんマーカータンパク質(CEACAM-5)とそのナノスケール凝集体を、高感度かつ迅速に検出する手法を開発しました(図1)。これにより、がんの非侵襲な早期診断に貢献することが期待できます。
本研究成果は、2026年6月29日に国際学術誌「Nanoscale Horizons」の10周年記念特集の招待論文としてオンライン掲載されます。また、Outside Front Coverも掲載される予定です。
本研究成果は、2026年6月29日に国際学術誌「Nanoscale Horizons」の10周年記念特集の招待論文としてオンライン掲載されます。また、Outside Front Coverも掲載される予定です。
ポイント
①光圧と流体圧の相乗効果を利用して抗原抗体反応を高速化するマイクロフロー型光誘導加速システム「MF-LAC-SYS」に対応した大腸がんマーカー用試薬を開発。
②希釈した血しょう中の大腸がんマーカータンパク質を、基準値の約1000分の1という極めて低い濃度1~10 ピコグラム/ミリリットル(10-12 g; pg/mL)でも高感度に検出することに成功(500 nL中で総量300 ag検出)。
③大腸がんマーカータンパク質がナノスケールの凝集体として存在することを明らかにした。
②希釈した血しょう中の大腸がんマーカータンパク質を、基準値の約1000分の1という極めて低い濃度1~10 ピコグラム/ミリリットル(10-12 g; pg/mL)でも高感度に検出することに成功(500 nL中で総量300 ag検出)。
③大腸がんマーカータンパク質がナノスケールの凝集体として存在することを明らかにした。

研究の背景
大腸がんは世界で3番目に多いがんで、全がん症例の約10%を占めています。日本でも患者数が増加傾向にあり、年間約15万件と全がんの中で最多で、死亡者数は5万人以上に達しています。大腸がんは早い段階で見つかると生存率が高くなるため、検診などによる早期発見が重要です。
従来の抗原抗体反応を利用した免疫測定法(酵素免疫測定法ELISAなど)は、さまざまな疾患のバイオマーカータンパク質を選択的に検出できますが、抗体の固定化、インキュベーション(抗原抗体反応を静置して待つ工程)、洗浄など時間のかかる複雑な前処理工程が必要です(計測に5~6時間必要)。さらに、感度にはタンパク質と抗体の組み合わせの親和性による制限があります。また、電気泳動、質量分析などにより標的タンパク質を測定部位へ輸送する物理化学的手法も有効ですが、同様に前処理工程が複雑で、高濃度試料が必要という課題があります。これらに対し、光ピンセット技術※3はレーザー光を用いて非接触に微細な生体物質の精密制御が可能ですが、血液中のタンパク質を測定する用途に光による輸送現象を用いる研究は十分に行われていませんでした。
従来の抗原抗体反応を利用した免疫測定法(酵素免疫測定法ELISAなど)は、さまざまな疾患のバイオマーカータンパク質を選択的に検出できますが、抗体の固定化、インキュベーション(抗原抗体反応を静置して待つ工程)、洗浄など時間のかかる複雑な前処理工程が必要です(計測に5~6時間必要)。さらに、感度にはタンパク質と抗体の組み合わせの親和性による制限があります。また、電気泳動、質量分析などにより標的タンパク質を測定部位へ輸送する物理化学的手法も有効ですが、同様に前処理工程が複雑で、高濃度試料が必要という課題があります。これらに対し、光ピンセット技術※3はレーザー光を用いて非接触に微細な生体物質の精密制御が可能ですが、血液中のタンパク質を測定する用途に光による輸送現象を用いる研究は十分に行われていませんでした。
研究の内容
本研究グループは、光圧と流体圧の相乗効果により抗原抗体反応を加速できるマイクロフロー型光誘導加速システム「MF-LAC-SYS」を用いて、臨床検体中の大腸がんマーカータンパク質(CEACAM-5)とそのナノスケール凝集体を、超高感度かつ迅速に検出できる手法を開発しました。本研究では、抗体修飾ビーズを含む試薬のpH、ビーズの表面電位、塩濃度、抗体の組み合わせなどの最適化を、物理、化学、生物、医学の異分野横断的な共同研究で行い、高感度かつ高選択性の検査手法を実現しました。この手法を用い、大腸がん患者から採取したさまざまな不純物を含む血しょうの希釈液中のCEACAM-5を測定対象としました。このマーカーは、人間ドックではCEAと呼ばれ、臨床検査における基準値は、5 ng/mLです。また、MF-LAC-SYSで大腸がん患者の血しょう中のCEACAM-5を単一種類の抗体で測定することもできました。そして、約数分間のレーザー照射により形成された抗体修飾ビーズの多層部面積が総集合面積に占める割合(以下、多層部分の割合)をシグナルとして評価したところ、1~10 pg/mLという非常に低い濃度領域で正の濃度依存性があることを明らかにし、従来法との相関も確認できました(図2(a)、(b))。これは基準値よりも約1000分の1の低濃度領域で測定できたことを意味しており、光圧の強さを調節することで数百pg/mLの領域でも測定が可能であることから、従来法による測定濃度の10~1000分の1の広い範囲で定量できることを示しました。本結果は、流路中のレーザー照射領域を通過した数百nLの液体試料中における数百agのCEACAM-5を検出できることを示唆しています(図2(a)青字の数値)。さらに、CEACAM-5の別の部分に結合する2種類の抗体を用いることで結合確率が高まり、2~3倍のシグナル増強が得られました(図2(c))。
また、図2(a)、(b)のように、同種の抗体を修飾したビーズを用いて光濃縮下でCEACAM-5を検出できたことから、複数のエピトープ(抗体が実際に結合する抗原上の特定部位)が外向きに露出したナノ粒子を形成している可能性があると考えられます(図3(a))。そして、その検証には、ナノポア技術、ELISAに加えて、光散乱の粒子直径依存性を計測できる動的光散乱法(DLS)や透過型電子顕微鏡(TEM)など複数の分析技術を駆使して単一のCEACAM-5分子と同程度の直径約8 nmのナノ粒子が多数存在する中に、約100~200 nmのナノスケールのCEACAM-5凝集体(CEACAM-5ナノ粒子)が存在していることを確認しました(図3(b)、(c))。このように、CEACAM-5ナノ粒子や別の物質との結合体が血液中に存在する可能性を示し、新たな大腸がんマーカーとしての可能性を示唆しました。
期待される効果・今後の展開
本研究では、MF-LAC-SYSとこのシステムに最適化された表面電位を有するビーズを含み、ブロッキング剤、pH、塩濃度を最適化した試薬を開発し、1/1000に希釈した臨床検体中のCEACAM-5を1~10 pg/mLの濃度範囲で検出することに成功しました。従来法ではモノマーと複合体の識別が困難でしたが、本研究では最適化された試薬中で光濃縮により衝突確率を高めて抗原抗体反応を加速することで、モノマーに比べて微量のナノ粒子化マーカータンパク質を高効率に捉えられた可能性があります。さらに、動的光散乱と透過型電子顕微鏡を補助的に用いて、ナノスケール凝集体を直接可視化しました。そして、光科学と流体力学の理論を融合した数理解析も行い、抗原抗体反応の光誘導加速の実験で起きる現象を解析する手法開拓にも成功しました。これにより、検量線の予想も可能になると期待できる光誘導加速シミュレーターの基礎が構築できたと言えます。
本研究は大腸がんの迅速な検出に向け、従来技術では測定できなかったマーカーの状態を計測できるなど重要な知見を与えます。将来的には、特異性を向上させるためにデザインされた検出用分子を組み合わせることで、さらに高性能なMF-LAC-SYSが開発されることが期待されます。JST未来社会創造事業では本論文の成果を活用して医療現場で利用できる開発機(Minimum Valuable Product; MVP)を大塚電子株式会社との産学連携で開発し、名古屋市立大学医学研究科での試験を進めています。また、低消費電力の光濃縮用バイオチップや、任意配置で対象を集積できる光濃縮ファイバーモジュールとの融合による装置の小型化とポータビリティの向上も期待されます。
これらの研究がさらに発展することで、大腸がんだけでなく、他の種類のがんの情報も含む血液などの体液中マーカーを用いた検査技術であるリキッドバイオプシー(液体生検)や、認知症、感染症など、さまざまな疾患の早期非侵襲的診断に向けた臨床研究を加速できると期待されます。本成果は早期がんの発見や再発予測および早期介入など、クオリティオブライフ(QOL)の向上につながり、健康長寿社会に貢献する未来のヘルスケアの共通基盤となる重要な成果です。
本研究は大腸がんの迅速な検出に向け、従来技術では測定できなかったマーカーの状態を計測できるなど重要な知見を与えます。将来的には、特異性を向上させるためにデザインされた検出用分子を組み合わせることで、さらに高性能なMF-LAC-SYSが開発されることが期待されます。JST未来社会創造事業では本論文の成果を活用して医療現場で利用できる開発機(Minimum Valuable Product; MVP)を大塚電子株式会社との産学連携で開発し、名古屋市立大学医学研究科での試験を進めています。また、低消費電力の光濃縮用バイオチップや、任意配置で対象を集積できる光濃縮ファイバーモジュールとの融合による装置の小型化とポータビリティの向上も期待されます。
これらの研究がさらに発展することで、大腸がんだけでなく、他の種類のがんの情報も含む血液などの体液中マーカーを用いた検査技術であるリキッドバイオプシー(液体生検)や、認知症、感染症など、さまざまな疾患の早期非侵襲的診断に向けた臨床研究を加速できると期待されます。本成果は早期がんの発見や再発予測および早期介入など、クオリティオブライフ(QOL)の向上につながり、健康長寿社会に貢献する未来のヘルスケアの共通基盤となる重要な成果です。
資金情報
本研究は、JST未来社会創造事業(JPMJMI21G1)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR201O)、JSPS科研費基盤研究(S)(JP25H00421)、AMEDムーンショット型研究開発事業(JP24zf0127012s0501)、大阪公立大学戦略的研究推進事業(国際研究拠点形成支援)などの支援を受けて実施しました。
用語解説
(注1)光圧:光が物質に及ぼす電磁気学的な力である光誘起力の成分のうち、光子の運動量により働く散逸力に由来する圧力。直進するレーザー光を物質に照射すれば、光圧により押す力を与えることができる。
(注2)流体圧:シリンジポンプを使ってマイクロ流路中に試料を導入する際に発生する圧力。流路底面や上面の付近ではせん断応力のため流速が遅く、流路中心付近では速くなる性質がある。
(注3)光ピンセット: 直進するレーザー光を物質に照射すれば押す力を与えることができ、レンズで強く絞ると光強度の強いスポット付近に物質を捕捉することができる。後者の現象を用いた技術を指し、開発者のArthur Ashkin博士に2018年ノーベル物理学賞が授与された。
(注2)流体圧:シリンジポンプを使ってマイクロ流路中に試料を導入する際に発生する圧力。流路底面や上面の付近ではせん断応力のため流速が遅く、流路中心付近では速くなる性質がある。
(注3)光ピンセット: 直進するレーザー光を物質に照射すれば押す力を与えることができ、レンズで強く絞ると光強度の強いスポット付近に物質を捕捉することができる。後者の現象を用いた技術を指し、開発者のArthur Ashkin博士に2018年ノーベル物理学賞が授与された。
掲載誌情報
【発表雑誌】 Nanoscale Horizons
【論文名】 Light-induced Acceleration of Specific Binding between CEACAM-5 and Antibody for Early Detection of Colorectal Cancer
【著者】 Takuya Iida*,† Yumiko Takagi †, Mami Katsumata, Hisanori Isomura, Koji Komor, Mamoru Tamura, Hiroko Yamakawa, Yusuke Nakamura, Kota Hayashi, Ikuhiko Nakase, Shiho Tokonami*, Ayumu Taguchi* (*: Corresponding Author, †: These authors contributed equally to this work)
【掲載URL】 https://doi.org/10.1039/d6nh00017g
【論文名】 Light-induced Acceleration of Specific Binding between CEACAM-5 and Antibody for Early Detection of Colorectal Cancer
【著者】 Takuya Iida*,† Yumiko Takagi †, Mami Katsumata, Hisanori Isomura, Koji Komor, Mamoru Tamura, Hiroko Yamakawa, Yusuke Nakamura, Kota Hayashi, Ikuhiko Nakase, Shiho Tokonami*, Ayumu Taguchi* (*: Corresponding Author, †: These authors contributed equally to this work)
【掲載URL】 https://doi.org/10.1039/d6nh00017g


