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頭部CTでハキム病(特発性正常圧水頭症:iNPH)を見逃さない!Cycle-GANと関心領域を抽出する3D U-Netの深層学習モデルを活用


ふらつきや歩くのに不安を覚えるようになり、さらに物忘れ、尿漏れなど高齢者に多い症状が現れるハキム病(注1)(特発性正常圧水頭症:iNPH)は、進行性の病気であり、早期発見・早期治療が重要です。脳室拡大とくも膜下腔の不均衡分布(DESH)(注2)は、ハキム病に特徴的な画像所見として知られています。しかし、頭部CTやMRI検査が行われても、診察する医師がDESHに気づかないと、ハキム病の可能性が見逃されてしまうことがあります。
そこで我々は、2024年に3次元(3D)MRI画像から、DESHの判定に必要な①脳室、②高位円蓋部・正中の脳溝(くも膜下腔)、③シルビウス裂・脳底槽の3領域を自動抽出する人工知能(AI)を開発しました。今回、そのAIを発展させて、MRIから合成CT画像を作成するCycle-GAN(注3)と、関心領域を抽出する3D U-Net(注4)の2つの深層学習モデルを活用し、頭部単純CT検査でもDESH関連領域を自動抽出できるAIモデルを開発し、DESHの程度を数値化しました。これにより、日常診療で広く行われているCT検査を活用して、ハキム病の早期発見につながることが期待されます。

Fluids and Barriers of the CNS(2026年6月23日)

研究成果の概要

ハキム病(iNPH)は、60歳以上の高齢者に多い脳の病気です。すり足、小刻み歩行、開脚歩行、すくみ足、バランス障害、突進現象などの特徴的な歩き方をきたし、転倒して頭部を打撲し、病院を受診することがあります。頭部打撲により頭蓋内出血や頭蓋骨骨折が疑われる場合には、一般的にMRI検査ではなく、頭部単純CT検査が行われます。しかし、CT画像でDESHに注目されなければ、ハキム病の可能性が見逃されてしまうことがあります。そこで我々は、通常の頭部CT検査でもDESHの判定に必要な①脳室、②高位円蓋部・正中の脳溝(くも膜下腔)、③シルビウス裂・脳底槽の3領域を自動抽出するAIを開発したいと考えました。
本研究では、これらの領域を自動抽出し、それぞれの体積を計測するだけでなく、DESHの重症度を示す DESH index を算出しました。
DESH index = (①脳室 + ③シルビウス裂・脳底槽) / ②高位円蓋部・正中の脳溝
さらに、脳室拡大の影響度を定量評価する Venthi index、シルビウス裂拡大の影響度を定量評価する Sylhi index も算出することで、DESHをより客観的に評価できるようにしました。これにより、医師の経験や主観だけに頼らず、CT画像からハキム病に特徴的な所見を数値で捉え、見逃しを減らすことが期待されます。
本研究成果は、国際水頭症学会(International Society for Hydrocephalus and CSF Disorders: ISHCSF)の機関誌であるFluids and Barriers of the CNSに2026年6月23日に論文掲載されました。

図1

【背景】

ハキム病(iNPH)は、60歳以上の高齢者に多い脳疾患です。「速く歩けなくなり、ふらつく」「足が上がらなくなり、よく転倒する」「やったことを忘れる」「トイレが近くなり、トイレまで我慢できず漏らしてしまう」などの症状が現れます。症状が重くなると、日常生活に支障をきたし、介護が必要となることもあります。さらに、症状が進行してから治療を受けても、自立した生活を十分に取り戻すことが難しい場合があります。そのため、ハキム病では早期発見・早期治療が重要です。
ハキム病を早期に発見するためには、頭部CTやMRI検査で、ハキム病に特徴的な脳室拡大とくも膜下腔の不均衡分布、すなわちDESHの画像所見を見つけることが求められます。DESHは、ハキム病の発見に大きく貢献してきた重要な画像所見です。しかし、これまでのDESH判定は、医師が画像を見て判断する主観的な評価が中心でした。そのため、経験豊富な医師の間でも判定が異なることがあり、客観的で再現性の高い評価方法が課題となっていました。
我々は、2024年に脳の3D MRI画像から、DESHを捉えるために必要な①脳室、②高位円蓋部・正中の脳溝、③シルビウス裂・脳底槽の3領域に加えて、脳脊髄液腔を自動抽出するAIを開発しました。これにより、認知症診断や脳ドックを目的として3D MRIが撮影されれば、判定医の知識や経験に大きく左右されず、DESHを数値として捉え、検出できるようになりました。しかし、実際の診療では、患者さんが転倒して病院を受診し、頭部CT検査が撮影されても、DESHに気づかれず、ハキム病の可能性を指摘されないまま経過してしまうことがあります。このような患者さんを減らすためにも、頭部CT検査でDESHを自動検出できるシステムを構築したいと考えました。

【研究の成果】

本研究では、まず学習データを作成するため、アノテーション済みの3D T1強調MRIから、Cycle-Generative Adversarial Network(Cycle-GAN)を用いて合成CT画像を生成しました。Cycle-GANは、例えば夏の写真を冬の写真に、馬をシマウマに変換する深層学習技術です。しかし、Cycle-GANで作成した合成CT画像のみを用いたセグメンテーションでは、十分な精度が得られませんでした。そのため、最終モデルでは、全ての教師データを専門家が手動でアノテーションした実際のCT画像を用いて学習を行いました。
深層学習モデルとして3D U-Netを用い、①脳室、②高位円蓋部・正中の脳溝、③シルビウス裂・脳底槽、④全くも膜下腔の4つの脳脊髄液(CSF)領域を自動抽出しました。
モデルの性能評価は、DESH 30例と非DESH 30例からなる外部検証データセットを用いて行いました。さらに、モデル作成とは異なる病院のCT装置で撮影した115例の連続症例からなる第2の独立検証セットを用いて、再評価し、ROC解析により最適なカットオフ値を決定しました。
外部検証におけるDiceスコア(注5)に基づき、Version 10を最終モデルとして採用しました。内部検証では、最終モデルは全脳室で0.9を超えるDiceスコア、全頭蓋内CSF腔で0.8を超えるDiceスコアを達成しました。一方、②高位円蓋部・正中の脳溝ならびに③シルビウス裂・脳底槽では、より低いスコアを示しました。
外部検証では、①脳室、②高位円蓋部・正中の脳溝、③シルビウス裂・脳底槽、④全くも膜下腔の4領域それぞれのDiceスコアは0.92、0.60、0.94、0.85でした。第2検証セットでは、DESH indexは優れた診断性能を示し、Area Under the Curveは1.00、最適カットオフ値は10でした(感度100%、特異度100%)。Venthi indexおよびSylhi indexも高い診断性能を示しました。
本研究で提案したAIモデルは、単純CTにおけるDESH関連CSF領域の完全自動領域抽出と定量評価を高い信頼性で可能にするものです。本手法は、iNPHの診断精度を高め、早期発見を促進し、術後変化の客観的評価を支援する可能性があります。日常診療で広く実施されているCTに適用できるため、MRIが利用できない環境や、MRIが禁忌である患者にも有用と考えられます。
本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東北大学、山形大学、東京大学、大阪大学、東京科学大学、富士フイルム株式会社の共同研究による成果です。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現し、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションすることを目指しています。さらに、ハキム病、アルツハイマー病などの認知症、脳卒中など、脳環境代謝に関連する病態の解明を目指す医工連携・産学連携の共同研究を進めています。

【研究のポイント】

・ハキム病(iNPH)の診断に重要な画像所見であるDESHを、頭部CT検査で自動定量判定するAIを開発した。
・DESHの重症度を定量評価する指標であるDESH indexについて、頭部CT検査における至適カットオフ値 10 を同定した(10以上であればDESHと判定)。
・日常診療で広く行われている頭部CT検査を活用することで、ハキム病の早期発見と見逃し防止に貢献する可能性がある。
・医師の経験や主観に依存しやすかったDESH判定を、AIにより客観的な数値評価として示せるようになった。
・MRIを撮影できない患者や、頭部打撲等で救急外来を受診しCTが先に撮影される患者に対しても、ハキム病の可能性を評価できる新しい診断支援法となることが期待される。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

DESHは、ハキム病の発見に大きく貢献してきました。しかし、これまでのDESH判定は主観的な評価に依存していたため、経験豊富な医師の間でも判定が異なることが課題でした。本研究成果により、頭部単純CT検査からDESHの判定に重要な領域を自動で抽出し、DESHの有無だけでなく、その程度や特徴を数値化することが可能となりました。これにより、ハキム病の見逃しを減らし、早期診断・早期治療につなげることが期待されます。
ハキム病は、歩行障害、物忘れ、尿漏れなど、高齢者に多い症状を示すため、加齢や認知症として見過ごされることがあります。しかし、適切に診断され、治療につながれば、症状の改善が期待できる病気です。特に、歩行障害が進行する前に発見できれば、転倒予防、自立した生活の維持、健康寿命の延伸にもつながる可能性があります。
このAIモデルを新規アプリケーションとして社会に広めることで、専門医が少ない地域でも、頭部CT検査からハキム病の可能性を客観的に評価できるようになります。これにより、診断・治療の地域偏在を減らし、AIによる医療の均てん化に貢献したいと考えています。さらに、DESH index、Venthi index、Sylhi indexなどの数値を用いることで、治療介入後の改善度の予測や、シャント手術後の変化の客観的評価にも役立てたいと考えています。

【用語解説】

(注1)ハキム病(特発性正常圧水頭症、idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)
高齢者に多い脳の病気で、歩行障害、認知機能低下、尿失禁を主な症状とします。加齢や認知症と間違われることがありますが、適切に診断され、治療につながれば症状の改善が期待できるため、「治療可能な認知症」の一つとして知られています。
(注2)くも膜下腔の不均衡分布(DESH):Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus
脳室が大きくなり、シルビウス裂など一部のくも膜下腔が広がる一方で、頭頂部付近の脳溝が狭くなるという、ハキム病に特徴的な画像所見です。
(注3)Cycle-GAN
画像を別の種類の画像に変換する深層学習技術の一つです。本研究では、MRI画像からCTに似た合成CT画像を作成するために用いました。
(注4)3D U-Net
医用画像の中から特定の領域を自動で抽出するためによく用いられる深層学習モデルです。本研究では、頭部CT画像から脳脊髄液の領域を抽出するために用いました。
(注5)Diceスコア
AIが抽出した領域と、専門家が手動で指定した正解領域がどの程度一致しているかを示す指標です。1に近いほど一致度が高いことを意味します。

【研究助成】

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:脳循環代謝シミュレーションモデルによる正常圧水頭症の病態解明] (代表:山田 茂樹、24K02557)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明] (代表:山田 茂樹、21K09098)
・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション] (代表:山田 茂樹)
・文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機シ
ステム利用の成果促進)「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(代表:伊井 仁志、JPMXP1020230118)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析] (代表:渡邉 嘉之、22H03020)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:頭蓋内循環の動的平衡状態から紐解く脳の変性と形態変化のメカニズム] (代表:和田 成生、25K03452)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築] (代表:大島 まり、22H00190)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析] (代表:三浦 真弘、22K09289)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:髄膜外にNeurofluidを誘導するGlymphatic system後半排出路の組織学的・MR画像学的解析] (代表:三浦 真弘、25K12321)
・名古屋市立大学卓越研究グループ支援事業 (2401101, 253002)

【論文タイトル】

CT-Based Automatic Segmentation of Key CSF Regions for Detecting Disproportionately Enlarged Subarachnoid Space Hydrocephalus

【著者】山田 茂樹1, 2)*、伊藤 広貴3)、萩原 啓介3)、河田 康雄3)、伊関 千書4,5)、谷川 元紀1)、大谷 智仁6)、伊井 仁志7)、渡邉 嘉之8) 、和田 成生6)、大島 まり2)、間瀬 光人1)

所属
1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2;東京大学 生産技術研究所
3;富士フイルム株式会社
4;東北大学大学院 高次機能障害学
5;山形大学 医学部 内科学第三講座 神経学分野
6;大阪大学大学院 基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
7;東京科学大学 工学院 機械系
8;滋賀医科大学 放射線医学講座
(*Corresponding author)

【掲載学術誌】
学術誌名:Fluids and Barriers of the CNS
DOI番号:10.1186/s12987-026-00814-5
論文リンク:https://rdcu.be/fpWN3