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HCNP減少はアルツハイマー病モデルマウスの認知機能を悪化させる-認知機能レジリエンスは、HCNPによるコリン作動性神経活動が関与する可能性-


研究成果の概要

我が国の65歳以上認知症患者は400万人を超え、全ての高齢者が罹患する可能性のある疾患状態である。一方、先進国においては社会参加の頻度が上昇するなど高齢者の生活の質の変化や高血圧など脳血管障害リスク管理が改善したことにより認知症有病率は減少に転じた。我が国でもいくつかの疫学調査により有病率は減少に転じているものの、これを上回る勢いで高齢者人口が上昇するために認知症患者数は未だ増加を続けている。更に、フィンランドで実施された介入研究では、有酸素運動、認知訓練や脳血管リスク管理が認知症発症を抑制することが報告されてきた(Ngandu, Lancet 2015, FINGER study)。我が国においても、同様な結果が確認された(Sakurai, Alzheimer & Dementia 2023, J-MINT study)。このような認知機能の悪化を抑止する状態を”認知機能のレジリエンス”と表現されているが、その分子メカニズムは明らかにされていない。
認知症の原因の約6割はアルツハイマー病である。アミロイドβ(Aβ)と異常リン酸化を受けたタウ蛋白の蓄積による神経細胞死が主病態と考えられている(アミロイド仮説)。近年Aβを対象とした疾患修飾薬が上市されたが、その臨床的効果は十分とは言えない。更なる認知機能改善のためには、タウ蛋白など他の病理変化を減少させる必要があるのか、神経機能を改善させる異なる視点が必要なのか議論が残る。確かに、古くからアルツハイマー病理を有しても認知機能を維持する症例の存在も知られ(認知予備能)、病理変化とは異なる視点から症状の改善を議論する必要性が示唆される。

名古屋市立大学大学院医学研究科神経内科学では、記憶に関わる内側中隔核―海馬コリン作動性神経の神経活動に着目して研究を進めてきた。特に研究室(小鹿幸生名誉教授)で発見した海馬由来コリン作動性神経刺激ペプチド(Hippocampal cholinergic neurostimulating peptide; HCNP)の視点から研究を継続している。今回、松川則之教授(神経内科学)津田曜大学院生(神経内科学)ら研究チームは、岐阜薬科大学原英彰教授(薬効解析学;現岐阜薬科大学長)と共同して、アルツハイマー病モデルマウスの認知機能障害へのHCNPの関わりを明らかにした。
本研究により新たに発見された知見として、i)HCNP減少は、より早期からアルツハイマー病モデルマウスの認知機能障害を顕在化させること、ii)その生理学的メカニズムは中隔核―海馬コリン作動性神経機能低下を介し、海馬グルタミン酸作動性神経活動抑制によること、iii) コリン作動性神経低下は生化学的にも確認されること、iv)海馬内シナプス数、アミロイド病理やそれに伴う炎症変化に明らかな変化は確認されないことを明らかにした。これらの結果はAβ病理による海馬グルタミン酸作動性神経活動低下状況において、コリン作動性神経を始めとした調節系神経活動が、病理変化を介さずに認知機能に影響することを示した。この神経活性化メカニズムは”認知レジリエンス”や”認知予備能”に関与する可能性も期待される。認知症患者の症状改善、維持のためには疾患修飾薬開発ばかりでなく、神経機能の視点から更なる分子メカニズムの解明が必要であることを、米国科学誌「Alzheimer&Dementia; The Journal of the Alzheimer’s Association」に報告した。

概要

HCNPを介した中隔核―海馬コリン作動性神経活動が、アルツハイマー病病態の認知機能に関与するかは不明である。今回、アミロイド病理とコリン作動性神経障害を示すAppNL-G-FノックインマウスとHCNPノックアウトマウスを交配したマウスを作成した。長期増強効果、コリン作動性神経活動を示す海馬シータ波、アセチルコリンおよびグルタミン神経関連分子量に加え、アミロイド蓄積量とアストロサイト・マイクログリアの変化量を評価した。結果としてHCNP減少は、AppNL-G-Fノックインマウスの記憶障害を悪化させた。海馬NR2A、ChAT、VAchT、および中隔核ChAT量低下を介して、海馬シータ波と長期増強効果が抑制された。しかし、アミロイド病理とアストロサイト・マイクログリア数の変化は認められなかった。これらの結果からHCNPを介した中隔核―海馬コリン作動性神経の機能低下は、AppNL-G-Fノックインマウスの認知機能を悪化させた。このマウスは、コリン作動性機能障害とアミロイド病理との関連を有した実験動物として有用であることが期待される。

背景

抗アミロイド抗体による疾患修飾薬が実臨床で使用可能となったが、アミロイド蓄積量が60%程度減少するものの、認知機能改善効果は概ね30%程度に留まる。疫学研究から、アミロイド病理があっても認知症にならない患者(認知予備能)や認知レジリエンスの存在が確認されている。コリン作動性神経やグルタミン酸作動性神経活動が、臨床的にも認知機能改善に関与することが確認されている。アミロイド病理とコリン作動性神経活動の関係性を明らかにすることが、新たな創薬ターゲットを創造するためにも重要であるが良質なモデル動物は存在しない。我々の研究室では、内側中隔核―海馬コリン作動性神経を調節するHCNPを発見し、ノックアウトマウスを作成した。これまでに、このモデルマウスではVAChT、ChATを介しアセチルコリン量が海馬で低下していること、電気生理学的に海馬シータ波の低下を介して長期増強効果が抑制されていることを確認し、中隔核コリン作動性神経機能障害モデルであることを確認した。更に、調節回路である中隔核コリン作動性神経活動は、海馬の主たる神経活動であるグルタミン酸神経活動が抑制された環境下においてのみ効果を発揮することを報告した。今回は、AppNL-G-Fノックインマウスが海馬グルタミン酸神経活動抑制モデルであることに着目して、HCNPノックアウトと交配したモデル動物がアミロイド病理とコリン作動性神経障害モデルになりえるかを検証した。

方法

野生マウス、HCNP-pp floxedおよびAppNL-G-Fノックインマウスを対象とし、AppNL-G-Fノックイン/ HCNP-ppノックアウトマウスについて以下のことを確認した。まずは、新奇物体認識試験、Y迷路試験を実施した。次に、我々がこれまで実施してきた100Hz 1s シータバーストによる長期増強条件下でカルバコールとピレンゼピンによる薬理的評価と海馬シータ波を評価した。次に、海馬における各種コリン作動性神経およびグルタミン作動性神経関連蛋白量を確認した。また、内側中隔核のChAT陽性細胞について評価した。次に、アミロイドβの蓄積量、シナプス数およびアストロサイト・マイクログリアを組織学的に判定量した。

結果

海馬機能に特異性の高い新奇物体認識試験では、AppNL-G-Fノックイン/ HCNP-ppノックアウトマウスはAppNL-G-Fノックインマウスと比較して、9カ月というより早期から認知機能低下を生じることが明らかになった。12か月になるとAppNL-G-Fノックインマウスも同程度まで認知機能が低下する。即ち、HCNPの維持の程度が認知機能障害の発症時期に影響する。前頭葉機能も影響するY迷路試験では、同様な効果は見られなかった。次に電気生理学的に薬理学的長期増強効果および海馬シータ波の評価から、AppNL-G-Fノックイン/ HCNP-ppノックアウトマウスではコリン作動的神経活動が抑制されていることを確認した。Western blotでは、AppNL-G-Fノックイン/ HCNP-ppノックアウトマウスでは、海馬VAchT、ChATおよびNR2Aの低下、組織的に中隔核高濃度ChAT陽性数が低下していることを確認した。Aβ40/42ともに量的変化、海馬シナプス数も著変ないことを確認した。最後に、アストロサイトおよびマイクログリア数にも著変がないことを確認した。

図1

図2

図3

考察

HCNPノックアウトマウスは、電気生理学的に中隔核―海馬コリン作動性機能低下を示してきたが、行動学的な認知機能低下は確認されなかった。これは、主たるグルタミン酸作動性神経が十分機能している状況では、調節系であるコリン作動性神経活動は不必要である可能性を示唆していた。今回の結果ではアミロイド病理によるグルタミン酸神経機能障害環境下において、HCNPを介したコリン作動性神経活動低下が、病理変化を示すことなく認知機能障害を早期から顕在化することが明らかになった。このことはコリン作動性を始めとした調節系神経活動が認知障害発症抑制に重要であることを示唆し、更にはこの活動の個人的差異が認知予備能に影響する可能性が推測される。生活の質の変化による認知レジリエンスの分子メカニズムにも同様に調節系神経活動の程度が関与する可能性が否定できない。アルツハイマー病患者の症状改善には、病理変化を標的とした疾患修飾薬ばかりでなく、神経細胞維持と神経機能調節の観点からの創薬が必要かもしれない。

結論

HCNPを介したコリン作動性神経活動の抑制は、明らかなアミロイド病理や炎症反応の変化を介することなく認知機能障害の顕在化を促進する。この動物は、アミロイド病理と中隔核―海馬コリン作動性神経の関係性から新たな創薬標的基盤研究に有用なモデル動物であることが期待される。

研究の意義と今後の展開

病理に照準を当てた疾患修飾薬開発にも関わらず、臨床的効果は十分とは言えない。臨床的に期待される症状改善・維持のためには、コリン作動性神経のみならず神経活動の視点から創薬も重要と考えられる。そのためにも、病理と神経機能を基盤とした研究手法のためにも適切なモデル動物が必要である。疫学調査から明らかにされてきた、生活の質の改善に伴う認知機能レジリアンスや認知予備能の分子メカニズムにも共通点が存在するかもしれない。

研究助成

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(KAKENHI 23K14697、KAKENHI 23K14698)による助成を受けて行われた。

論文情報

【論文タイトル】
Reduction in hippocampal cholinergic neurostimulating peptide enhances memory impairment in AppNL-G-F KI mice

【著者】
津田曜1、間所佑太1、鈴木健吾1、大庭卓也4、佐藤豊大1、打田佑人1、永井(荒川)いつみ1、斎藤貴志3、原英彰4、飛田秀樹2、松川則之*1

(以下、論文投稿時の所属機関)
1.名古屋市立大学大学院医学研究科神経内科学
2.名古屋市立大学大学院医学研究科神経生理学
3.名古屋市立大学大学院医学研究科認知科学
4.岐阜薬科大学薬効解析学

【掲載学術誌】
学術誌名:Alzheimer&Dementia; The Journal of the Alzheimer’s Association
DOI番号:10.1002/alz.71531