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スマートフォン認知行動療法がうつ病発症を長期予防─1年間追跡で実証(British Journal of Psychiatry)


研究成果の概要

名古屋市立大学、京都大学を中心とする共同研究グループは、閾値下うつ状態にある一般成人を対象に、スマートフォン・アプリを用いて認知行動療法(CBT)の個別スキルを提供し、うつ病発症予防効果を1年間にわたり示しました。
本研究は、British Journal of Psychiatryに掲載されました。

研究のポイント

・スマートフォンCBTによる1年後のうつ病発症予防を証明
・行動活性化+アサーション、行動活性化+認知再構成、睡眠行動療法が特に有効
・完全オンラインで実施した分散型臨床試験(DCT)
・長期的な「うつ病総負荷(Total Burden of Depression)」に対するCBTの効果を世界で初めて評価

背景

閾値下うつ状態は、抑うつ症状があるものの、うつ病の診断基準を満たさない状態を指し、約11%の人口が該当するとされます。労働生産性の低下やQOL低下の原因になるのみならず、自殺率に加えて死亡率が高くなることも知られているなど社会的・経済的負担が大きい一方、医療資源の限界から支援の手が届きにくいという課題があります。
CBTは有効な心理療法として確立されており、我々の研究グループは、スマホを用いることで、その複数の構成要素の効果を世界最大規模の臨床試験で実証、解明しました(Nat Medicine 2025)。今回の研究では、そのスマホアプリを用いたCBTが、より長期の1年後(50週後)のうつ病を予防することができるのか、また、長期的な「うつ病総負荷(Total Burden of Depression)」を軽減することができるのかを検討しました。

研究の成果

研究成果のグラフ

本研究では、行動活性化(BA)、認知再構成(CR)、問題解決(PS)、アサーション(AT)、睡眠行動療法(BI)の5つのCBTスキルが、それぞれ単独および各要素の組み合わせでうつ病の新規発症を最大50週間にわたり予防することを明らかにしました。
3,280名を対象とした完全オンラインのランダム化比較試験において、すべてのCBTスキル介入群で、対照群に比べてうつ病発症率が低下しました。とくに
行動活性化+アサーション(BA+AT)
行動活性化+認知再構成(BA+CR)
睡眠行動療法(BI)
は高い予防効果を示し、発症率を約40〜50%低減しました(ハザード比 0.52〜0.63)。
また本研究では、単なる「発症の有無」だけでなく、50週間にわたる抑うつ症状の累積量(Total Burden of Depression)を世界で初めて評価しました。その結果、すべての介入が抑うつ症状の総負荷を有意に軽減し、特に行動活性化+認知再構成(BA+CR)が最も大きな軽減効果を示しました。
これらの結果は、短期的な気分改善にとどまらず、1年にわたる持続的な予防効果があることを示しており、スマートフォンによる簡便な自己学習型心理介入が、現実の生活環境において長期的にも有効であることを世界ではじめて実証しました。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

うつ病は世界的に最も大きな疾病負担の一つであり、その多くは閾値下うつ状態から発症します。しかし、医療資源の制約から、この段階で十分な支援を受けられていない人が多数存在します。
本研究は、専門家による対面治療を必要としないスマートフォンCBTが、うつ病の一次予防として長期的に有効であることを科学的に示しました。副作用がほとんどなく、スマホさえあれば、低コストで、場所や時間を選ばずに、“いつでも、どこでも実施できる”点から、公衆衛生学的な視点からも実装可能性が高い極めて有望な予防戦略といえます。
さらに本研究の重要な意義は、CBTを「一括りの治療法」としてではなく、構成要素である個別スキルごとの効果を明確に比較・検証した点にあります。これにより、
・すべてのスキルを一度に学ぶ必要はないこと
・個人の状態に応じて、効果的なスキルを選択・組み合わせることが可能であること
が示され、心理療法の個別化・最適化に向けた科学的基盤が築かれました。
今後は、本知見を活かし、AIを用いた個別的な介入スキルの推薦や段階的介入(ステップドケア)など、より洗練されたデジタル・メンタルヘルス介入への発展が期待されます。現代のストレス社会において、スマートフォンという身近なツールを通じて、「うつ病になる前に備え・支える」「生活の質を高める」といった国民のこころの健康を支える社会の実現に貢献する研究成果です。

用語解説

・閾値下うつ状態(Subthreshold depression):臨床的にはうつ病と診断されないが、抑うつ気分や意欲低下などが継続している状態。

・CBT(Cognitive Behavioral Therapy):日本語では「認知行動療法」。うつや不安などの感情の発現に関係する「思考」や「行動」に働きかけることで心理的困難の軽減を目指す治療法。対面で提供される様々な心理療法の中でもっとも科学的な根拠(エビデンス)が蓄積され、その効果が実証されている。スマホを用いて提供することで、通常の対面では複合的な効果としてしか検証できないスキルの効果が個別や組み合わせ毎に検討可能となった。
【以下が今回の研究で実際に提供した5つのスキル】
○行動活性化(Behavioral Activation):抑うつ気分のときに避けがちな活動をあえて行うことで、気分や行動を改善する技法。日常の楽しみや達成感のある活動を増やすことを通じて、意欲の回復を促す。
○認知再構成(Cognitive Restructuring):自動的に浮かぶ否定的な考え方に気づき、より柔軟で現実的な考え方に置き換える技法。思考のクセを見直すことで感情的苦痛を緩和する。
○問題解決(Problem Solving):抱えている困難や課題に対して、問題の明確化・目標設定・解決策の洗い出し・実行計画などのステップを踏んで取り組む技法。実行可能な行動を通じて現実的対処力を高める。
○アサーション(Assertiveness):自分の気持ちや意見を相手を尊重しながら適切に表現する対人スキル。自己主張が苦手な人にとっては、対人関係のストレスを軽減する手段となる。
○睡眠行動療法(Behavior Therapy for Insomnia):不眠を改善するために、就寝・起床時間の安定化、刺激制御、睡眠制限法などを含む科学的根拠に基づいた行動技法。

・分散型臨床試験(Decentralized Clinical Trial: DCT):スマホやコンピューター等を用いて、実際に病院等に来ることなく、遠隔から参加可能な臨床研究の形式。研究対象者や患者の時間や移動などの負担を劇的に軽減することが可能。

・効果サイズ(Effect size: ES):治療群が、無治療群に比してどれくらい効果があるかを標準化した数字で示す。数値が大きいほど大きな効果を有することを示し、0.2が小さな効果、0.5が中等度の効果、0.8が大きな効果と言われる。うつ病治療において、抗うつ薬のプラセボと比較した効果サイズは約0.31である。

研究助成

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて実施されました。

論文情報

【論文タイトル】
Cognitive and behavioural skills to prevent major depression among adults with subthreshold depression: A 50-week follow-up analysis of smartphone CBT randomised trials (RESiLIENT trial)

【著者】
明智龍男(責任著者)1), 野間久史2), 田近亜蘭3), 豊本莉恵3), 坂田昌嗣1), 羅妍3), 4)堀越勝, 5)川上憲人, 中山健夫3), 近藤尚己3), 福間真悟3), 古川壽亮3)

所属 1)名古屋市立大学大学院医学研究科、2)統計数理研究所、3)京都大学大学院医学研究科、4)武蔵野大学、5)東京大学大学院医学系研究科、

【掲載学術誌】
学術誌名:British Journal of Psychiatry
DOI番号:https://DOI.org/10.1192/bjp.2026.10630