痛みと暑さを避けるために重要な脂質を発見―エーテルリン脂質は、痛覚と温度覚のセンサー分子機能を保つ―
体に害をもたらす痛みや温度を避けることは命を守る上でとても重要です。これまでの研究で、私たちの体にある物理的な接触や温度変化を感じるセンサーが発見されてきましたが、それらのセンサーの機能がどのように正常に保たれているか、その詳細は明らかではありませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所/生命創成探究センター/総合研究大学院大学の曽我部准教授および水藤特任助教(在職当時)、名古屋大学大学院理学研究科/自然科学研究機構生命創成探究センターの内橋貴之教授、自然科学研究機構生理学研究所/生命創成探究センターの根本知己教授、静岡県立大学薬学部の原雄二教授、名古屋市立大学なごや先端研究開発センターの富永真琴教授らの研究チームは、危険なレベルの物理的刺激や温度刺激を感じるセンサーの感受性を調節する新しい脂質を発見しました。また、ショウジョウバエにおいて、この脂質を失った場合、接触や熱刺激からの逃避行動が弱まることを明らかにしました。本研究結果は、2026年3月18日にiScience誌(2026年4月17日号)にオンライン掲載されました。
体に害を及ぼす接触刺激や温度刺激を正しく感知することは、生きていく上で不可欠です。接触刺激のセンサーであるPIEZOチャネルや、温度センサーであるTRPチャネルが正常に働くことで、動物は危険なレベルの接触刺激や温度から逃避することができます。そのため、これらのセンサーの働きを知ることは極めて重要で、2021年のノーベル賞生理学・医学賞においても、これらのセンサー分子が受賞対象となりました。しかし、それらの機能がどのようにして保たれているのかは、不明な部分も多いのが現状です。
研究グループは、これまで感覚機能の研究ではあまり注目されてこなかった脂質に着目しました。
接触や温度などの感覚センサーは、感覚神経や脳に多く存在していることから、これらの感覚機能に関わる脂質も、その付近に多く分布している可能性が高いと考えられます。そこで、ショウジョウバエ(以下ハエ)の幼虫を用いて、実験を行ったところ、「エーテルリン脂質(ePL) (注1)」の合成に欠かせない酵素の一つであるAGPS(注2)が、感覚神経や脳に多く存在することを突き止めました(図1)。
研究グループは、これまで感覚機能の研究ではあまり注目されてこなかった脂質に着目しました。
接触や温度などの感覚センサーは、感覚神経や脳に多く存在していることから、これらの感覚機能に関わる脂質も、その付近に多く分布している可能性が高いと考えられます。そこで、ショウジョウバエ(以下ハエ)の幼虫を用いて、実験を行ったところ、「エーテルリン脂質(ePL) (注1)」の合成に欠かせない酵素の一つであるAGPS(注2)が、感覚神経や脳に多く存在することを突き止めました(図1)。

図1 エーテルリン脂質ePLの合成酵素が神経に豊富に存在する
ePLの合成酵素であるAGPS(白色)を可視化したハエ幼虫の全身像。特に体節(*印)ごとに存在する多数の感覚神経に強く発現しており、中枢神経(▲印)に向かって伸びた神経繊維がはっきりと見えます。このことから、感覚機能との繋がりが予測されました。
そこで研究グループは、ePLの有無が、感覚機能に対して行動レベルで影響を及ぼすかどうかを調べるため、ePLを持たないハエにおいて、接触刺激と温度刺激の応答を確かめる実験を行いました。その結果、ePLを持たないハエ幼虫は、針でつつかれた時の逃避行動が弱くなっていること(図2)、また、生存に適さない暑い温度を避ける行動が弱くなっていること(図3)が分かりました。これらの結果は、ePLが、接触や温度の感覚受容において非常に重要であることを示しています。さらに、それぞれの逃避行動には、接触刺激を感知するPIEZOチャネルや、暑い温度を感知するTRPA1チャネルが存在する神経でePLが必要だということも分かりました。

図2 ePLがなくなると、危険な接触への対応に異常が生じる正常な幼虫は針で体を刺激すると身をよじって逃げます。しかし、ePLを持たない変異体の幼虫は逃避行動が弱まっていました。

図3 ePLがなくなると、危険な温度への対応に異常が生じる
正常な幼虫を8℃から35℃の温度勾配をつけたプレート上に離すと20~23℃を中心に分布します。しかし、ePLを持たない変異体の幼虫は生存に適さない26℃より高い温度域にも多く分布していました。ePLがないことで、高温からの回避行動が弱くなっていることが分かります。
つぎに、ePLが、接触刺激センサーであるPIEZOチャネルと温度センサーであるTRPA1チャネルの機能にどのように関わるか明らかにするため、培養細胞を用いて実験を行いました。その結果、ePLが無い細胞において、突き刺激に対するPIEZOチャネルの応答が、ePLがある細胞よりも、顕著に小さくなっていました。またTRPA1チャネルを活性化するための温度が高くなることも分かりました。つまり、ePLが細胞膜に無い場合、これらの感覚センサー分子の応答が鈍くなることが分かったのです。さらに、ePLが細胞膜にあることで膜の性質が変化することも明らかにしました。これらの結果から、ePLは感覚神経の細胞膜の性質変化を通して複数のセンサー分子の機能を調節し、個体が正しく逃避できるようにするために必要だということが明らかになりました(図4)。
曽我部准教授は「今回の研究で、特定の脂質が正常な感覚機能に重要な役割を持つことがわかりました。ePLやその合成酵素であるAGPSは人にも存在し、老化にともなって徐々に減少することが分かってきています。今後、人の感覚機能の劣化を防ぐための、脂質を使った新しい医療技術の開発に繋がっていくかもしれません。」と話しています。
曽我部准教授は「今回の研究で、特定の脂質が正常な感覚機能に重要な役割を持つことがわかりました。ePLやその合成酵素であるAGPSは人にも存在し、老化にともなって徐々に減少することが分かってきています。今後、人の感覚機能の劣化を防ぐための、脂質を使った新しい医療技術の開発に繋がっていくかもしれません。」と話しています。

図4 エーテルリン脂質はセンサー分子の機能を調節して感覚を正常に保つ
ePLは細胞膜に存在することで膜の性質を変化させ、接触センサーPIEZOや温度センサーTRPA1の機能を上昇させます。それによって、それらのセンサー分子が関わる感覚応答を正常に保つ役割があります。ePLがなくなると、これらの感覚応答が鈍くなります。
用語解説
注1)エーテルリン脂質(ePL):細胞膜にある脂質の一種で、哺乳類の脳では全膜脂質の20%を占める。1960年代に発見されたが、長らく機能が分かっていなかった。近年、人やげっ歯類において、老化やアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患にともなって減少することが分かり、注目が集まっている。
注2)AGPS:ePLの特徴であるエーテル結合を形成するために不可欠の酵素。哺乳類では、この酵素が欠損することで重篤な発生異常が起きる。
注2)AGPS:ePLの特徴であるエーテル結合を形成するために不可欠の酵素。哺乳類では、この酵素が欠損することで重篤な発生異常が起きる。
助成金などの必要情報
本研究は文部科学省科学研究費補助金(課題番号19K23790、21H02531、および22H04926)、および日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-PRIME:24gm6510014h0003)の補助を受けて行われました。
今回の発見
1.ショウジョウバエの感覚神経と脳に豊富に存在する脂質を発見しました。
2.この脂質は接触と熱刺激に対する正常な逃避行動に必要でした。
3.この脂質は接触と熱刺激のセンサー分子の機能を保つのに重要でした。
2.この脂質は接触と熱刺激に対する正常な逃避行動に必要でした。
3.この脂質は接触と熱刺激のセンサー分子の機能を保つのに重要でした。
この研究の社会的意義
感覚機能の低下を防ぐ新しい手法の開発に期待
今回の研究で、生存に欠かせない危険な接触や熱刺激に対する感覚機能を保つための新しい脂質が発見されました。この脂質は人にも存在し、老化とともに減少していくことが分かりつつあります。将来的に、人の正常な感覚機能の維持や、感覚機能障害の改善・予防のための脂質を使った技術開発に役立つ可能性があります。
今回の研究で、生存に欠かせない危険な接触や熱刺激に対する感覚機能を保つための新しい脂質が発見されました。この脂質は人にも存在し、老化とともに減少していくことが分かりつつあります。将来的に、人の正常な感覚機能の維持や、感覚機能障害の改善・予防のための脂質を使った技術開発に役立つ可能性があります。
論文情報
Ether phospholipids modulate somatosensory responses by tuning multiple receptor functions in Drosophila.
Takuto Suito, Xiangmei Deng, Shoma Sato, Kohjiro Nagao, Christian Ganser, Takayuki Uchihashi, Motosuke Tsutsumi, Tomomi Nemoto, Yuji Hara, Makoto Tominaga, Takaaki Sokabe
iScience. 2026年3月18日オンライン掲載(2026年4月17日号)
Takuto Suito, Xiangmei Deng, Shoma Sato, Kohjiro Nagao, Christian Ganser, Takayuki Uchihashi, Motosuke Tsutsumi, Tomomi Nemoto, Yuji Hara, Makoto Tominaga, Takaaki Sokabe
iScience. 2026年3月18日オンライン掲載(2026年4月17日号)