頚動脈プラークにおける遺伝子発現は石灰化病変の成長に伴ってダイナミックに変化する
研究成果の概要
頚動脈狭窄症(注1)を招くアテローム動脈硬化性プラーク(注2)における石灰化(注3)の程度に着目して、カルシウムスコア(注4)に基づいて 4つの石灰化ステージ(軽度、中等度、高度、超高度)に分類しました。その上で、先端的な RNAシーケンス(注5)手法である SMART-Seq を用いて、プラークにおける石灰化成熟度に応じた遺伝子発現の動的変化についてバイオインフォマティクス解析(注6)を行いました。これにより、初期の未熟な微小石灰化から完全に発達した大型石灰化に至る、石灰化成熟プロセス全体を通じた頚動脈プラークにおける転写変化とその生物学的意義を明らかにすることができました。このような段階的アプローチは、石灰化頚動脈プラークに関する先行研究ではこれまで体系的に検討されていませんでした。将来的には、この動的変化を細胞レベルや分子レベルで制御することで、動脈硬化を改善する新たな治療法の開発が期待されます。
背景
頚動脈アテローム硬化症は、頚動脈壁にコレステロールを含む動脈硬化性プラークが沈着することで、頚動脈分岐部に狭窄をきたします。頚動脈分岐部において、症状を起こしやすい「不安定」アテローム硬化は、全虚血性脳卒中の約10から20%と関連していることが報告されています。頚動脈アテローム硬化症の発症率が着実に増加していることを踏まえると、その病態機序のさらなる解明は脳卒中予防のために必須です。動脈硬化の進行に伴いプラーク中に石灰化と呼ばれる硬い組織が生じます。臨床的には、石灰化の程度を示すカルシウムスコアが心血管リスクの予測因子として導入されており、冠動脈カルシウムスコアの高値は心血管リスクの増加と相関するのに対し、頚動脈プラークの石灰化は脳卒中リスクの低下と関連していると報告されています。つまり、石灰化した頚動脈プラークにおいて、症状を起こしにくくしている「安定化」のしくみの解明が、脆弱プラークが症状を起こしてしまう「不安定化」を防ぐ治療的意義を持つ可能性を示唆していると言えます。動脈硬化のWHO分類では石灰化は病期後半のType Vに分類されていますが、頚動脈プラーク中の石灰化は動脈硬化後期に突如大きな状態で登場するわけではなく、小さな石灰化が徐々に癒合、成長して大きな石灰化を形成していく過程があります。この石灰化が次第に大きくなる過程に応じて、プラーク内でどのような遺伝子が発現して、どの様な状態をもたらそうとしているのかを明らかにしたのが今回の研究です。
研究の成果
石灰化の程度に応じての4段階に分類し、それぞれの段階での遺伝子発現パターンを解析しました。
その結果、石灰化の進展は一方向的に単純増加するものではなく、可逆的で複雑な表現型の変化が繰り返される動的な連続体であることが明らかになりました。例えば、中等度石灰化の段階では、一時的に炎症や骨形成に関連した遺伝子の活性が抑えられ、血管平滑筋細胞 (VSMC)(注7)の収縮機能の一部が回復し、血管の修復や強化が進む段階が確認されました。これは、血管がダメージを受けた後に補修し、構造的な安定化を目指す一種の「自然治癒期」のような状態と考えられます。一方で、高度石灰化段階に進むと、再び骨形成や炎症のシグナルが活性化し、血管の硬化が進むものの、正常な収縮機能は十分に戻らず、超高度石灰化段階では成熟した石灰化組織、細胞外マトリックス(注8)に置き換わることも分かりました。これにより、石灰化が進むにつれて血管の機能は複雑に変化しており、石灰化が徐々に大きくなっていく過程とプラークの分子の安定状態は必ずしも合致しない、つまり、単純に「石灰化プラーク=安定」ではないことが示唆されました。
本研究成果は2026年1月19日にJournal of Vascular Researchの電子版で公表されました。
その結果、石灰化の進展は一方向的に単純増加するものではなく、可逆的で複雑な表現型の変化が繰り返される動的な連続体であることが明らかになりました。例えば、中等度石灰化の段階では、一時的に炎症や骨形成に関連した遺伝子の活性が抑えられ、血管平滑筋細胞 (VSMC)(注7)の収縮機能の一部が回復し、血管の修復や強化が進む段階が確認されました。これは、血管がダメージを受けた後に補修し、構造的な安定化を目指す一種の「自然治癒期」のような状態と考えられます。一方で、高度石灰化段階に進むと、再び骨形成や炎症のシグナルが活性化し、血管の硬化が進むものの、正常な収縮機能は十分に戻らず、超高度石灰化段階では成熟した石灰化組織、細胞外マトリックス(注8)に置き換わることも分かりました。これにより、石灰化が進むにつれて血管の機能は複雑に変化しており、石灰化が徐々に大きくなっていく過程とプラークの分子の安定状態は必ずしも合致しない、つまり、単純に「石灰化プラーク=安定」ではないことが示唆されました。
本研究成果は2026年1月19日にJournal of Vascular Researchの電子版で公表されました。

研究のポイント
・石灰化プラークは一方向的でなく動的変化を伴う連続体である
・炎症性と骨形成関連の遺伝子発現が段階的に変動し、プラークの安定化に関与する
・中等度石灰化期はVSMCの部分的構造修復と収縮機能の中間状態を示す
・超高度石灰化期ではVSMC活動が減弱し、成熟した構造的石灰化が形成される
・RNAシーケンスとqRT-PCR(注9)で主要遺伝子の動的発現パターンを検証した
・炎症性と骨形成関連の遺伝子発現が段階的に変動し、プラークの安定化に関与する
・中等度石灰化期はVSMCの部分的構造修復と収縮機能の中間状態を示す
・超高度石灰化期ではVSMC活動が減弱し、成熟した構造的石灰化が形成される
・RNAシーケンスとqRT-PCR(注9)で主要遺伝子の動的発現パターンを検証した
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
本研究は、頚動脈プラークの石灰化が単なる一方向的で不可逆な現象ではなく、血管壁のVSMCが可逆的にその表現型を変化させる、動的で非線形的な過程であることを初めて詳細に示しました。これにより、石灰化進行のメカニズム理解が飛躍的に深まり、従来の静的な病態観とは一線を画す新しい視点を提供しています。動脈硬化疾患は世界的に増加しており、高齢化社会において特に脳卒中や心筋梗塞の主な原因となっています。将来的には、この動的変化を細胞レベルや分子レベルで制御することで、プラークの症候化予防や血管の柔軟性維持、動脈硬化を改善させる新たな治療法の開発などが期待されます。
用語解説
注1 頚動脈狭窄症: 動脈硬化により形成されたプラークで頚動脈の内腔が細くなり、脳への血流減少、塞栓によって脳梗塞を起こす。欧米型の食事や生活習慣により本邦でも近年増加している。
注2 アテローム動脈硬化性プラーク: 動脈の壁にコレステロールや脂肪、石灰化物質が蓄積し「アテローム(粥腫)」を形成して血管が狭くなり、脳梗塞の原因となる。
注3 石灰化: 動脈硬化の過程で動脈壁にカルシウム塩が蓄積し硬化する現象。
注4 カルシウムスコア: 石灰化の程度を表す指標で、体積とCT値に係数をかけて算出する。
注5 RNAシーケンス:DNAの遺伝情報を元にタンパク質を合成したり、その量を調節したりするリボ核酸 (RNA) の配列を解析して、遺伝子発現や機能を調べる技術。
注6 バイオインフォマティクス解析: DNA、RNA、タンパク質などの膨大な生物データをコンピュータで分析し、生命科学と情報科学を融合させて生命現象の解明や医療などに応用する技術
注7 血管平滑筋細胞(VSMC): 血管壁の筋肉細胞で、収縮や構造維持に関与する。炎症や機械的刺激などで合成型、マクロファージ型、骨芽細胞型など様々な機能を持つサブタイプに変化する。
注8 細胞外マトリックス(ECM):細胞を支える構造体で、タンパク質などの集合体。
注9 qRT-PCR:特定遺伝子のメッセンジャーRNA量を定量的に測定する手法。
注2 アテローム動脈硬化性プラーク: 動脈の壁にコレステロールや脂肪、石灰化物質が蓄積し「アテローム(粥腫)」を形成して血管が狭くなり、脳梗塞の原因となる。
注3 石灰化: 動脈硬化の過程で動脈壁にカルシウム塩が蓄積し硬化する現象。
注4 カルシウムスコア: 石灰化の程度を表す指標で、体積とCT値に係数をかけて算出する。
注5 RNAシーケンス:DNAの遺伝情報を元にタンパク質を合成したり、その量を調節したりするリボ核酸 (RNA) の配列を解析して、遺伝子発現や機能を調べる技術。
注6 バイオインフォマティクス解析: DNA、RNA、タンパク質などの膨大な生物データをコンピュータで分析し、生命科学と情報科学を融合させて生命現象の解明や医療などに応用する技術
注7 血管平滑筋細胞(VSMC): 血管壁の筋肉細胞で、収縮や構造維持に関与する。炎症や機械的刺激などで合成型、マクロファージ型、骨芽細胞型など様々な機能を持つサブタイプに変化する。
注8 細胞外マトリックス(ECM):細胞を支える構造体で、タンパク質などの集合体。
注9 qRT-PCR:特定遺伝子のメッセンジャーRNA量を定量的に測定する手法。
研究助成
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:頚動脈石灰化粥腫安定機構の多角的エピジェネティック制御と分子間クロストークの探究] (21K09107、代表:片野広之)
論文情報
【論文タイトル】
Dynamic Gene Expression Signatures Across Stages of Carotid Plaque Calcification
【著者】片野広之*1, 2)、山中 智康1)、柴田帝式1)、井上泰豪1)、西川祐介1)、山田 茂樹1)、谷川 元紀1)、山田和雄1)、間瀬 光人1)
所属
1:名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2:名古屋市立大学 医学・医療情報管理学講座
(*責任著者 Corresponding author)
【掲載学術誌】
学術誌名:Journal of Vascular Research
DOI番号:10.1159/000550336
Dynamic Gene Expression Signatures Across Stages of Carotid Plaque Calcification
【著者】片野広之*1, 2)、山中 智康1)、柴田帝式1)、井上泰豪1)、西川祐介1)、山田 茂樹1)、谷川 元紀1)、山田和雄1)、間瀬 光人1)
所属
1:名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2:名古屋市立大学 医学・医療情報管理学講座
(*責任著者 Corresponding author)
【掲載学術誌】
学術誌名:Journal of Vascular Research
DOI番号:10.1159/000550336