脳の中心に存在する第三脳室の形状を保ち、脳脊髄液の流れをコントロールする視床間橋
研究成果の概要
脳の中心にある第三脳室(注1)内の脳脊髄液の動きと、その中央部で左右の視床を橋渡しする視床間橋(注2)という構造との関係について、3次元MRIと4次元フローMRI(注3)を用いて調べました。
健常な人と、歩行障害や物忘れをきたすハキム病 (注4)患者を対象として、第三脳室の大きさ、視床間橋の幅や面積、脳脊髄液の流れ方を「渦(うず)」の強さとして数値化して比較しました。
その結果、健常な人では、第三脳室の中に心臓の拍動に合わせた規則正しい渦と流れが一貫して観察されたのに対して、ハキム病では、この秩序だった大きな循環(渦)が崩壊していました。さらに、高齢者ほど、またハキム病患者では、視床間橋は小さく、第三脳室が大きく、視床間橋が第三脳室の形を保つ「支え」の役割と脳脊髄液の流れをコントロールする「防波堤」の役割をしている可能性が示されました。これらの結果から、視床間橋は、第三脳室が拡大する機序や、脳脊髄液の大きな循環「渦と流れ」と関連しており、ハキム病では脳室が拡大するだけでなく、この脳脊髄液の流れが乱れていることが初めて観察されました。
健常な人と、歩行障害や物忘れをきたすハキム病 (注4)患者を対象として、第三脳室の大きさ、視床間橋の幅や面積、脳脊髄液の流れ方を「渦(うず)」の強さとして数値化して比較しました。
その結果、健常な人では、第三脳室の中に心臓の拍動に合わせた規則正しい渦と流れが一貫して観察されたのに対して、ハキム病では、この秩序だった大きな循環(渦)が崩壊していました。さらに、高齢者ほど、またハキム病患者では、視床間橋は小さく、第三脳室が大きく、視床間橋が第三脳室の形を保つ「支え」の役割と脳脊髄液の流れをコントロールする「防波堤」の役割をしている可能性が示されました。これらの結果から、視床間橋は、第三脳室が拡大する機序や、脳脊髄液の大きな循環「渦と流れ」と関連しており、ハキム病では脳室が拡大するだけでなく、この脳脊髄液の流れが乱れていることが初めて観察されました。
背景
脳の中心にある第三脳室という空間には、脳脊髄液という透明な液体が流れています。その周りには、睡眠・食欲・体温など、生命維持に重要な働きを担う神経核が集まっており、この場所が脳の中でも非常に重要な“中枢”であることは昔から知られていました。
しかし、何故、これら重要な神経核が第三脳室の周囲に集まっているのか?第三脳室の中を流れる脳脊髄液の動きが、こうした機能とどのように関係しているのか?といった点は、長らく「謎」のままでした。
第三脳室は、硬くて厚い頭蓋骨の奥深くに位置しており、心臓のように超音波検査で簡単に観察することができません。そのため、第三脳室の中で液体がどのように動いているかを直接「見る」ことは困難で、これまで十分に解明されてきませんでした。
さらに、第三脳室のほぼ中央には、左右の壁を形成している「視床」をつなぐ視床間橋という構造物が存在します。この視床間橋についても、「ある人とない人がいる」「女性の方が大きい」「加齢で形が変わり、次第に小さくなる」など多くの報告がある一方で、その本当の役割はよく分かっていませんでした。
しかし、何故、これら重要な神経核が第三脳室の周囲に集まっているのか?第三脳室の中を流れる脳脊髄液の動きが、こうした機能とどのように関係しているのか?といった点は、長らく「謎」のままでした。
第三脳室は、硬くて厚い頭蓋骨の奥深くに位置しており、心臓のように超音波検査で簡単に観察することができません。そのため、第三脳室の中で液体がどのように動いているかを直接「見る」ことは困難で、これまで十分に解明されてきませんでした。
さらに、第三脳室のほぼ中央には、左右の壁を形成している「視床」をつなぐ視床間橋という構造物が存在します。この視床間橋についても、「ある人とない人がいる」「女性の方が大きい」「加齢で形が変わり、次第に小さくなる」など多くの報告がある一方で、その本当の役割はよく分かっていませんでした。
研究の成果
本研究では、第三脳室の大きさと、その中央を橋渡しする視床間橋の幅や面積、第三脳室内を流れる脳脊髄液の渦や流れ方を、特殊なMRI撮影法(3次元MRIと4次元フローMRI)を用いて総合的に解析しました。対象は、健常なボランティア226名とハキム病患者83名です。
この結果、健常な人では、第三脳室の中に心臓の拍動に同期した規則正しい渦と流れが一貫して認められました(図)。これに対してハキム病患者では、第三脳室が大きく広がり、こうした秩序だった大きな循環「渦と流れ」が失われていることが明らかになりました。
さらに、健康な人でも、年をとるほど視床間橋の面積は小さい傾向があり、ハキム病患者では非常に小さいか、消失していることが分かりました。
また、視床間橋の面積が小さくなっている人ほど、第三脳室が横方向に大きく広がっており、視床間橋が「第三脳室の形を支え、流れを整える構造」である可能性が示唆されました。
この結果、健常な人では、第三脳室の中に心臓の拍動に同期した規則正しい渦と流れが一貫して認められました(図)。これに対してハキム病患者では、第三脳室が大きく広がり、こうした秩序だった大きな循環「渦と流れ」が失われていることが明らかになりました。
さらに、健康な人でも、年をとるほど視床間橋の面積は小さい傾向があり、ハキム病患者では非常に小さいか、消失していることが分かりました。
また、視床間橋の面積が小さくなっている人ほど、第三脳室が横方向に大きく広がっており、視床間橋が「第三脳室の形を支え、流れを整える構造」である可能性が示唆されました。

これらの結果から、視床間橋の縮小や消失と第三脳室の拡大が組み合わさることで、第三脳室内の脳脊髄液の流れが乱れ、ハキム病の発症や進行に関係している可能性が考えられました。
本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京科学大学、東北大学、山形大学、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上でシミュレーションし、ハキム病などの水頭症、アルツハイマー病などの認知症、脳卒中などの脳環境代謝に関連する病態を解明すること(脳循環代謝数理モデルの確立)を目指す医工連携、産学連携の共同研究です。
本研究成果は、2025年12月11日にAging and Diseaseの電子版で公表されました。
本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京科学大学、東北大学、山形大学、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上でシミュレーションし、ハキム病などの水頭症、アルツハイマー病などの認知症、脳卒中などの脳環境代謝に関連する病態を解明すること(脳循環代謝数理モデルの確立)を目指す医工連携、産学連携の共同研究です。
本研究成果は、2025年12月11日にAging and Diseaseの電子版で公表されました。
研究のポイント
・特殊なMRI撮影法(3次元MRIと4次元フローMRI)を用いて、第三脳室と視床間橋の大きさやと内部の脳脊髄液の渦と流れを包括的に解析した。
・視床間橋は、第三脳室の横方向への拡がりを抑える「支え」の役割と、脳脊髄液の流れをコントロールする「防波堤」の役割を担っている可能性を初めて示した。
・健常な人では、第三脳室内に心拍に同期した規則正しい渦流が安定して認められた一方、ハキム病患者では、このような秩序だった渦流が失われていた。
・加齢とともに視床間橋は縮小し、第三脳室の「支え」の構造が弱くなり、第三脳室が拡大しやすくなる。また「防波堤」の役割を果たせず、第三脳室内の渦流が不安定になる。
・視床間橋は、第三脳室の横方向への拡がりを抑える「支え」の役割と、脳脊髄液の流れをコントロールする「防波堤」の役割を担っている可能性を初めて示した。
・健常な人では、第三脳室内に心拍に同期した規則正しい渦流が安定して認められた一方、ハキム病患者では、このような秩序だった渦流が失われていた。
・加齢とともに視床間橋は縮小し、第三脳室の「支え」の構造が弱くなり、第三脳室が拡大しやすくなる。また「防波堤」の役割を果たせず、第三脳室内の渦流が不安定になる。
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
ハキム病は、高齢者の歩行障害や認知症の一因となるが、早期診断が難しく、治療のタイミングを逃してしまうことがある。本研究は、視床間橋の「形」と第三脳室内の脳脊髄液の「流れ」を同時に評価することで、新しい視点から病気の成り立ちに迫った点に意義があります。
今後は、この知見をもとに、ハキム病をより早期に見つける画像診断の指標や手術の前後で脳脊髄液の流れがどのように変化するかを客観的に評価する方法の開発につなげることを目指しています。最終的には、高齢者の歩行障害や認知症の予防・治療に貢献し、健康寿命の延伸に寄与できることが期待されます。
今後は、この知見をもとに、ハキム病をより早期に見つける画像診断の指標や手術の前後で脳脊髄液の流れがどのように変化するかを客観的に評価する方法の開発につなげることを目指しています。最終的には、高齢者の歩行障害や認知症の予防・治療に貢献し、健康寿命の延伸に寄与できることが期待されます。
用語解説
注1 第三脳室: 左右の側脳室と第四脳室の間に位置する複雑な形状をした脳室で、若い時は数mm幅の平たい構造だが、加齢により幅が広がり、ハキム病(iNPH)ではさらに拡大する。側脳室・第三脳室・第四脳室をまとめて「脳室」と呼び、内部を流れる脳脊髄液が、脳や脊髄を保護し、老廃物の排出などに関わっている。
注2 視床間橋: 左右の視床をつないでいる小さな“橋”のような構造。人によって大きさや形、そもそも存在しない場合もあり、平均的に男性よりも女性の方が大きいが、性差の理由は分かっていない。
注3 4次元フローMRI: 3軸(前後・上下・左右)方向の位相画像を撮影して、血液や脳脊髄液などの流体の動きを3次元空間で観察するMRI撮像法。
注4 ハキム病:従来から、特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)と呼ばれてきた病気と同義。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。
注2 視床間橋: 左右の視床をつないでいる小さな“橋”のような構造。人によって大きさや形、そもそも存在しない場合もあり、平均的に男性よりも女性の方が大きいが、性差の理由は分かっていない。
注3 4次元フローMRI: 3軸(前後・上下・左右)方向の位相画像を撮影して、血液や脳脊髄液などの流体の動きを3次元空間で観察するMRI撮像法。
注4 ハキム病:従来から、特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)と呼ばれてきた病気と同義。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。
研究助成
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:脳循環代謝シミュレーションモデルによる正常圧水頭症の病態解明] (24K02557、代表:山田 茂樹)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明] (21K09098、代表:山田 茂樹)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析] (22H03020、代表:渡邉 嘉之)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:頭蓋内循環の動的平衡状態から紐解く脳の変性と形態変化のメカニズム] (25K03452、代表:和田 成生)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築] (22H00190、代表:大島 まり)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:髄膜外にNeurofluidを誘導するGlymphatic system後半排出路の組織学的・MR画像学的解析] (25K12321、代表:三浦 真弘)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析] (22K09289、代表:三浦 真弘)
・文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機シ
ステム利用の成果促進)「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(JPMXP1020230118、代表:伊井 仁志)
・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション]
・名古屋市立大学卓越研究グループ支援事業 (2401101, 253002)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明] (21K09098、代表:山田 茂樹)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析] (22H03020、代表:渡邉 嘉之)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:頭蓋内循環の動的平衡状態から紐解く脳の変性と形態変化のメカニズム] (25K03452、代表:和田 成生)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築] (22H00190、代表:大島 まり)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:髄膜外にNeurofluidを誘導するGlymphatic system後半排出路の組織学的・MR画像学的解析] (25K12321、代表:三浦 真弘)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析] (22K09289、代表:三浦 真弘)
・文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機シ
ステム利用の成果促進)「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(JPMXP1020230118、代表:伊井 仁志)
・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション]
・名古屋市立大学卓越研究グループ支援事業 (2401101, 253002)
掲載情報
【論文タイトル】
Interthalamic Adhesion as a Potential Structural Regulator of Cerebrospinal Fluid Dynamics in the Third Ventricle
【著者】山田 茂樹1, 2)*、岡田 耕3)、伊藤 広貴3)、伊関 千書4,5)、山中 智康1)、谷川 元紀1)、大谷 智仁6)、伊井 仁志7)、渡邉 嘉之8)、和田 成生6)、大島 まり2)、間瀬 光人1)
所属
1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
3;富士フイルム株式会社
4;東北大学大学院 高次機能障害学
5;山形大学 医学部 内科学第三講座 神経学分野
6;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
7;東京科学大学工学院 機械系
8;滋賀医科大学 放射線医学講座
(*Corresponding author)
【掲載学術誌】
学術誌名:Aging and Disease
DOI番号:10.14336/AD.2025.1352
Interthalamic Adhesion as a Potential Structural Regulator of Cerebrospinal Fluid Dynamics in the Third Ventricle
【著者】山田 茂樹1, 2)*、岡田 耕3)、伊藤 広貴3)、伊関 千書4,5)、山中 智康1)、谷川 元紀1)、大谷 智仁6)、伊井 仁志7)、渡邉 嘉之8)、和田 成生6)、大島 まり2)、間瀬 光人1)
所属
1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
3;富士フイルム株式会社
4;東北大学大学院 高次機能障害学
5;山形大学 医学部 内科学第三講座 神経学分野
6;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
7;東京科学大学工学院 機械系
8;滋賀医科大学 放射線医学講座
(*Corresponding author)
【掲載学術誌】
学術誌名:Aging and Disease
DOI番号:10.14336/AD.2025.1352