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運動が「元気」な骨格筋を構築する新たなメカニズムを解明〜運動誘発性マイオカインが抗酸化物質の産生を制御する〜


研究成果の概要

名古屋市立大学大学院理学研究科の山田麻未特任助教と奥津光晴教授らの研究グループは、運動が骨格筋におけるSequestosome1 /p62(p62)(注1)タンパクのリン酸化を誘導する新たな分子機構を明らかにしました。
慢性疾患や加齢は筋肉量を減少(筋萎縮)させます。筋萎縮は、疾患治療の妨げになるだけでなく、フレイルやロコモティブシンドロームの進行の要因ともなります。そのため、筋量を調節する分子メカニズムを理解し、予防や治療へ応用することは、健康寿命の延伸や医療費削減の観点からも重要な課題です。疾患や加齢による筋萎縮には酸化ストレスの増大が関与しており、その軽減が筋萎縮の抑制に有効とされています。我々は、これまでの研究で、運動は骨格筋におけるp62タンパクのリン酸化を促進し、抗酸化物質の産生を増加させることで酸化ストレスを軽減し、骨格筋の恒常性維持に寄与する可能性を報告しています。しかし、運動がどのような仕組みでp62のリン酸化を引き起こすのかは明らかではありませんでした。
今回、山田特任助教・奥津教授らの研究グループは、日本福祉大学、筑波大学、名古屋市立大学、アイオワ大学(米国)の研究者との共同研究により、運動が骨格筋由来のインターロイキン1β(Interleukin-1β:IL-1β)(注2)の分泌を促進し、骨格筋局所で作用することによりp62のリン酸化と分泌型の抗酸化酵素である細胞外スーパーオキサイドディスミュターゼ (Extracellular superoxide dismutase:EcSOD)(注3)の産生が促進されることを初めて明らかにしました。高齢化社会を迎えている我が国において、機能の高い「元気」な骨格筋を獲得する効果的な方法とその分子機構の解明は重要な課題です。運動を用いたアプローチにより、骨格筋における抗酸化物質産生の仕組みを実験的に証明した本研究成果は、健康科学や予防医学への応用が期待される重要な発見です。
本研究成果をまとめた論文は、山田特任助教を筆頭著者、奥津教授を責任著者として、生理学の国際誌『American Journal of Physiology, Regulatory, Integrative and Comparative Physiology』のウェブサイトに2025年11月29日に掲載されました。

背景

がん、糖尿病、慢性腎炎や慢性閉塞性肺疾患などの慢性疾患や加齢は筋萎縮を誘導します。筋萎縮は、疾患治療の妨げになるだけでなく、フレイルやロコモティブシンドロームの進行の要因もなります。そのため、筋量を調節する分子メカニズムを理解し、予防や治療へ応用することは、健康寿命の延伸や医療費削減の観点からも重要な課題です。疾患や加齢による筋萎縮には酸化ストレスの増大が関与しており、その軽減が筋萎縮の抑制に有効とされています。我々は、これまでの研究で、運動は骨格筋におけるオートファジー基質としても知られているp62タンパクのリン酸化を促進し、EcSODの産生を促進することで酸化ストレスを軽減し、骨格筋の恒常性維持に寄与する可能性を報告しました。しかし、運動がどのような仕組みでp62のリン酸化を引き起こすのかは明らかではありませんでした。

研究の成果

研究成果の概要

この度、名古屋市立大学大学院理学研究科の山田麻未特任助教と奥津光晴教授らの研究グループは、運動が骨格筋のp62のリン酸化を誘導する機構を解明しました。
これまでの研究で、我々は、p62のSer351のリン酸化によるNuclear factor erythroid 2-related factor 2 (Nrf2) (注4)の活性化は、運動を介した筋肉における抗酸化タンパク質発現増強の重要なシグナルであることを報告しています(Yamada M, et al. FASEB J. 2019)。しかしながら、運動がどのようにしてこのシグナルを制御するかは明らかではありませんでした。本研究では、マウスの自発的な持久的運動トレーニングによって、主に酸化的代謝を担う遅筋線維が優位なヒラメ筋において抗酸化物質(CuZnSODやEcSODなど)の発現レベルが上昇する一方、主に解糖系を担う速筋線維が優位な白色外側広筋では上昇しないことを確認しました。筋特異的なp62の発現増強マウスは、Ser351をリン酸化したp62の発現レベルを上昇させ、これらの抗酸化物質の発現を増加させることを確認しました。また、運動は、p62のリン酸化を誘導するタンパクとして知られているNeighbor of BRCA1 gene 1(NBR1)(注5)タンパクの発現を増加させ、培養した筋管細胞に対する伸展刺激でも同様の結果が得られました。さらに、NBR1の発現を刺激することが知られる切断型インターロイキン-1β(IL-1β)の増加は、マウスの運動と培養筋管細胞に対する伸展刺激のいずれにおいても観察されました。重要なことに、IL-1βの中和抗体を投与すると、運動によるNBR1、リン酸化p62およびEcSODの増加が抑制されました。これらの研究結果を総合すると、持久的な運動トレーニングを受けた骨格筋のNBR1、リン酸化p62、およびEcSODのタンパク発現の増加の重要な調節因子としてIL-1βが機能している可能性を示唆しています。
これら本研究成果は、運動により骨格筋局所で増加するIL-1βが骨格筋の恒常性維持に重要である可能性を示しています。

研究のポイント

・定期的な持久的運動は抗酸化物質を増加させるが、これを調節する機序は明らかではない。
・本研究では、抗酸化物質の産生の制御に重要なp62のリン酸化を誘導する機構を検討した。
・運動は骨格筋のp62のリン酸化を促進し、EcSODの発現を促進した。
・運動によるリン酸化p62の増加には、骨格筋由来のIL-1βによるNBR1の増加が関与した。
・IL-1βの中和抗体の投与は、運動によるNBR1、リン酸化p62およびEcSODの増加を抑制した。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

本研究は、運動が骨格筋の抗酸化機能を向上する仕組みとして、IL-1βによるNBR1-p62-Nrf2の経路の活性化が関与することを初めて明らかにしました。酸化ストレスに強い筋肉づくりの分子基盤を示したことで、慢性疾患や加齢による筋萎縮の効果的な予防方法の確立の他、様々な筋疾患の予防・治療につながる可能性も期待できます。今後は、これらの分子を標的とした効果的な運動プログラムの設計や予防方法の開発など、健康科学・医療分野への応用が期待できることから社会的意義も大きいと考えられます。

用語解説

注1 Sequestosome1/p62(p62):オートファジーやユビキチンなどのタンパク分解機構の他、抗酸化機能や炎症応答などの調節にも関与する細胞内タンパク。
注2 インターロイキン1β(Interleukin-1β:IL-1β):代表的な炎症性サイトカイン。炎症を誘導する働きがあり、全身性の増加は身体に負の影響を及ぼす。
注3 細胞外スーパーオキサイドディスミュターゼ (Extracellular superoxide dismutase:EcSOD):分泌型の抗酸化酵素。骨格筋で増加すると筋萎縮を抑制することが報告されている。
注4 Nuclear factor erythroid 2-related factor 2(Nrf2):正常下ではKeap1と細胞質内で結合するが、ストレス下ではKeap1と結合せず、核内に移行して抗酸化物質の産生を促進する細胞内タンパク。
注5 Neighbor of BRCA1 gene 1(NBR1):p62のリン酸を誘導する細胞内タンパクの一つ。オートファジーにも関与する。

研究助成

本研究は、科学研究費補助金 基盤B(15H03080, 18H03153, 21H03326, 24H02817)、挑戦的萌芽(20K21766)、若手研究(22K17733, 24K20566)、日本学術振興会特別研究員(20J15551、20J01754)、豊秋奨学会、中富健康科学振興財団、上原記念生命科学財団、笹川科学研究助成および名古屋市立大学特別研究奨励費(先端的研究活性化支援:2321103)の助成により遂行されました。

論文情報

【論文タイトル】
Exercise enhances antioxidant protein levels in oxidative skeletal muscle via IL-1β

【著者】
山田 麻未1、岩田全広2、伊藤ひなた1、蕨 栄治3、大石 久史4、Vitor Agnew Lira5、奥津 光晴1*
所属
1 名古屋市立大学大学院理学研究科(*:Corresponding Author)
2 日本福祉大学健康科学部
3 筑波大学医学医療系
4 名古屋市立大学大学院医学研究科
5 アイオワ大学

【掲載学術誌】
学術誌名 American Journal of Physiology, Regulatory, Integrative and Comparative Physiology
DOI番号: 10.1152/ajpregu.00052.2025