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抗がん剤ヒドロキシウレアの新たな役割-小胞体の還元ストレスを緩和する作用を発見-


研究成果の概要

名古屋市立大学大学院理学研究科の中務邦雄教授の研究グループは、奈良先端科学技術大学院大学の木俣行雄准教授、京都産業大学の潮田亮教授らとの共同研究により、古くから抗がん剤や細胞周期研究に使用されてきた薬剤「ヒドロキシウレア」に、細胞内小器官「小胞体」における還元ストレス(酸化還元バランスが崩れた状態)を緩和する作用があることを新たに発見しました(図1)。
本研究は、名古屋市立大学大学院理学研究科の高野佑基(博士後期課程大学院生)が実験および解析を中心となって担当したものであり、ヒドロキシウレアの作用機序を再解釈する重要な知見を提供するものです。これにより、同薬の副作用の理解や新たな疾患への応用(ドラッグ・リポジショニング)への展開が期待されます。本成果は、国際学術誌『Life Science Alliance』に掲載されました。

図1

本研究成果のポイント

・ヒドロキシウレアは出芽酵母において、小胞体内タンパク質のシステイン残基を酸化し、ジスルフィド結合の形成を促進する作用を持つことを初めて明らかにしました。
・酸化的フォールディング酵素Ero1の欠損や還元剤の投与により引き起こされる小胞体の還元ストレスが、ヒドロキシウレアの投与により顕著に緩和されました。
・本成果は、ヒドロキシウレアの細胞内オルガネラへの影響という新たな視点を提示し、医薬品としてのさらなる可能性を示唆します。

研究の背景と内容

ヒドロキシウレアは、DNA合成酵素リボヌクレオチドレダクターゼ(RNR)を阻害することで細胞のDNA複製を止め、細胞周期をS期で停止させる薬剤として知られています。がんや鎌状赤血球症などへの臨床応用に加え、基礎研究でも細胞周期制御の試薬として長年使われてきました。
しかし近年、この薬剤が細胞内で活性酸素種(Reactive Oxygen Species: ROS)を生成し、より広範な細胞内プロセスに影響を与えている可能性が指摘され始めています。しかしながら、細胞内小器官(オルガネラ)、特にタンパク質の合成と品質管理を担う小胞体への影響はこれまでほとんど研究されていませんでした。
本研究では当初、異常タンパク質が小胞体からサイトゾルへ送り返されて分解される「小胞体関連分解(Endoplasmic Reticulum-Associated Degradation: ERAD)」という現象に注目し、細胞周期によって制御される可能性を調べていました。ヒトと同じ真核生物である出芽酵母を用いて解析した結果、ヒドロキシウレアがERADの特定の経路(ERAD-L)を選択的に抑制することを見出しました。しかし抑制の要因は細胞周期の停止ではなく、小胞体内タンパク質のシステイン残基を酸化してジスルフィド結合形成を促進する作用にあることが判明しました。
小胞体内には、タンパク質のシステイン残基間のジスルフィド結合形成を触媒することで、酸化的フォールディングを促進する必須の酵素「Ero1」が存在します。この酵素の機能が低下した変異株(ero1-1株)では、小胞体タンパク質のジスルフィド結合形成が著しく阻害され、「還元ストレス」状態にあります。さらに研究を進めたところ、ero1-1株にヒドロキシウレアを投与すると、その酸化作用によりジスルフィド結合形成を促進させることで、生育阻害や小胞体-ゴルジ体間のタンパク質輸送障害といった、還元ストレス由来の表現型が顕著に緩和されることが確認されました。
以上の結果から、ヒドロキシウレアは小胞体内の酸化還元バランス(チオール-ジスルフィド恒常性)を調節する薬剤として作用することが明らかになりました(図2)。

図2

今後の展開

ヒドロキシウレアは、鎌状赤血球症、慢性骨髄性白血病、真性多血症などの疾患に用いられる費用対効果の高い薬剤ですが(図3)、その薬理作用の詳細や副作用の発現機構はいまだ不明な点が多く残されています。今回の発見は、ヒドロキシウレアが小胞体の酸化還元環境を制御する新たな側面を持つことを示し、これまで「DNA複製阻害剤」として単純に分類されていたその作用に対し、より多角的な理解が必要であることを提起するものです。ヒドロキシウレアの新たな治療応用や副作用制御への展開が期待されます。
本研究は、ヒトと同じ真核生物である出芽酵母を用いて行われたものです。今後は、ヒト細胞や動物モデルにおいて同様の検証を進めることで、ヒドロキシウレアを活用した新しい治療戦略や、既存薬の再評価(ドラッグ・リポジショニング)の実現が見込まれます。

図3

用語解説

※1ヒドロキシウレア(Hydroxyurea)
DNAの複製を阻害することで細胞の分裂を止める作用を持つ薬剤。がんや鎌状赤血球症などの治療薬として長年使用されてきました。また、研究用試薬として、細胞周期(細胞が分裂・増殖する過程)の制御にも利用されます。近年では、DNA複製阻害以外にも、細胞内の酸化還元状態や活性酸素に関わる作用が注目されています。ヒドロキシ尿素、ヒドロキシカルバミドとも呼ばれ、ハイドレアという商品名で販売されています。

※2小胞体(Endoplasmic Reticulum, ER)
細胞内小器官のひとつで、タンパク質の合成・加工・品質管理を担う重要な場所。作られたタンパク質が正しく折りたたまれて機能できるように、分子シャペロンや酵素などが働いています。異常なタンパク質を検知・分解する仕組み(ERAD)も備え、細胞内の「品質管理工場」としての役割を果たしています。

※3還元ストレス
細胞内で還元状態(電子が過剰な状態)が強くなりすぎて、酸化還元バランスが崩れた状態のこと。通常、細胞内では酸化と還元のバランスが取れており、これによってタンパク質が正しく折りたたまれます。しかし、過度に還元的になると、ジスルフィド結合が形成されにくくなり、タンパク質の機能不全や蓄積、細胞障害につながることがあります。酸化ストレスと並び、細胞機能に大きな影響を与える重要なストレス状態の一つです。

※4出芽酵母
パンや酒、味噌・醤油の発酵に古くから利用されてきた微生物。単細胞ではありますが、ヒトと同じ「真核生物」に分類され、細胞の構造や遺伝子の基本的な仕組みに共通点があります。そのため、生命科学分野の研究モデルとして非常に広く利用されています。特に、細胞周期、細胞内物質輸送、タンパク質分解などの分野において、この酵母を用いた研究により多くの重要な知見が得られています。

※5チオール・ジスルフィド恒常性
細胞内、特に小胞体の中で重要な「酸化還元バランス」のこと。チオール(-SH)は還元状態、ジスルフィド(-S–S-)は酸化状態を表します。このバランスは、タンパク質が正しく折りたたまれて機能するために必要不可欠で、乱れると細胞ストレスや病気の原因になります。小胞体内ではこの恒常性が特に厳密に保たれており、酸化剤や還元剤の影響を受けやすい環境と考えられます。

原著論文

本研究はLife Science Alliance誌のオンライン版で2025年6月20日に公開されました。

タイトル
Hydroxyurea modulates thiol-disulfide homeostasis in the yeast endoplasmic reticulum

タイトル(日本語訳)
ヒドロキシ尿素は酵母小胞体のチオール・ジスルフィド恒常性を調節する

著者
Yuki Takano (1), Yuki Ishiwata-Kimata (2), Ryo Ushioda (3, 4), Yukio Kimata (2), and Kunio Nakatsukasa* (1)
(*Corresponding author)

著者(日本語表記)
高野佑基 (1)、木俣有紀 (2)、潮田亮 (3, 4)、木俣行雄 (2)、中務邦雄* (1)
(*Corresponding author)

著者所属
(1) 名古屋市立大学大学院理学研究科、(2) 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス領域、(3) 京都産業大学生命科学部、(4) 京都産業大学タンパク質動態研究所

DOI
10.26508/lsa.202503225

研究支援

本研究は、JSPS基盤B(JP19H02923, JP23K26869)、学術変革領域研究(A)(JP24H01906)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2130)、堀科学芸術振興財団、および公益財団法人発酵研究所の支援を受けて行われました。なお、本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。