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エックス(X)線殺菌の基本原理において従来の定説を覆す効果を発見!より安全な放射線治療技術の実現へ 名古屋市立大学および静岡大学共同論文発表


研究成果の概要

名古屋市立大学医学部附属西部医療センター陽子線治療科の岩田宏満准教授、医学研究科放射線医学分野の樋渡昭雄教授、松本和久助教、細菌学分野の長谷川忠男教授、立野一郎講師、静岡大学理学部の冨田誠客員教授、名古屋市立大学芸術工学研究科の松本貴裕教授らの共同研究グループは、X線殺菌技術において従来の定説を覆す効果を発見しました。
放射線殺菌技術は、紫外線よりもはるかにエネルギーの高い電磁波を利用して、細菌や微生物の DNAや細胞構造を破壊することができるため、医療器具(例えばディスポーザブル注射器、カテーテル、人工関節)、薬品・生物(医薬原料、組織移植片)ならびに食品材料(じゃがいもの発芽抑制)等の分野で不可欠な殺菌手段となっております。
この放射線殺菌技術は、従来、照射線量[1]が同じであれば殺菌率は同じである、と考えられておりました。しかし、今回の研究において、今までの定説が成立しないことを、大腸菌を用いたX線殺菌実験で実証しました。具体的には、照射線量が一定の条件下で、X線の線量率を大きく変えて大腸菌の殺菌率を精密に評価してみると、(a)大腸菌の栄養が欠落した環境下においては、X線線量率が低く(低強度X線)長時間殺菌した場合のほうが、X線線量率が高く(高強度X線)短時間殺菌した場合よりも、殺菌効率が高いことが判明しました。一方、(b) 大腸菌の栄養が豊富な環境下においては、X線線量率が高く短時間殺菌した場合のほうが、X線線量率が低く長時間殺菌した場合よりも、殺菌効率が一桁以上大きいことが判明しました。これら一連の実験結果を、数学の最先端手法である確率微分方程式[2]を用いて解析することによって、放射線に対する細菌・細胞の損傷メカニズムを定量的に評価することができるようになりました。
今回の研究成果は、(a) 放射線殺菌技術に対して最適な殺菌・滅菌条件を定量的に与えることができるのみならず、(b) 増殖速度が大きな病巣細胞(例えばガン細胞)を、正常細胞に対して効果的に死滅させることが出来るような放射線照射条件を精確に計算することが可能となるため、従来よりも信頼性があり、かつ患者様に寄り添ったやさしい放射線(X線並びに陽子線)治療の実現に大きく貢献できるものと考えております。
本研究は、Springer Nature 社の『Scientific Reports』に令和7年4月28日に掲載されました。

背景

放射線殺菌技術は、紫外線よりもはるかにエネルギーの高い電磁波を利用して、細菌や微生物のDNAや細胞構造を破壊することができるため、医療・製薬・食品等の分野で不可欠な殺菌・滅菌手段となっております。この放射線殺菌の基本原理は、照射線量が同じであれば殺菌量は同じである、と考えられておりました。具体的には、線量率が高いX線を短時間照射して殺菌した病原性ウイルス・細菌の殺菌率と、線量率が低いX線を長時間照射して殺菌した病原性ウイルス・細菌の殺菌率は、照射線量が同じであれば同じ殺菌率を与えるものと従来考えられていました。

研究の成果

名古屋市立大学医学部附属西部医療センター陽子線治療科の岩田宏満准教授、医学研究科放射線医学分野の樋渡昭雄教授、細菌学分野の長谷川忠男教授、静岡大学理学部の冨田誠客員教授、名古屋市立大学芸術工学研究科の松本貴裕教授らの共同研究グループは、X線殺菌・滅菌技術の研究において、今までの定説が成立しないことを、大腸菌を用いた基礎的実験で実証しました。具体的には、照射線量が一定の条件下で、X線照射線量率を大きく変えて大腸菌の殺菌率を精密に評価してみると、図1に示すように、大腸菌の栄養が欠落した環境下においては、線量率が小さくて長時間殺菌した場合のほうが、線量率が大きくて短時間殺菌した場合よりも、殺菌効果が高いことが判明しました。図1は、X線線量を200Gy(グレイ[3])で一定にして、(a)線量率147mGy/sで1360sの場合99.5%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から180個に減少)であったのが、(b)15.3mGy/sで13070 sの場合99.98%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から8個に減少)になる結果を示しております。図2(a)は、大腸菌の栄養が欠落した環境下において、様々な線量率における殺菌率[Log(N/N0)](N0は殺菌前の大腸菌の数、Nは殺菌後の大腸菌の数)を線量の関数としてプロットした結果を示したものです。それぞれ、赤、緑、青の●は、それぞれ線量率が147mGy/s、35.2mGy/s、15.3mGy/sで得られた殺菌率の結果であります。このグラフから、大腸菌の栄養が欠落した環境下においては、同じ線量を与えても、線量率を下げると殺菌率が向上することが明確に示される結果を得ることが出来ました。一方、大腸菌の栄養が豊富な環境下においては、X線線量率が高くて短時間殺菌した場合のほうが、X線線量率が低くて長時間殺菌した場合よりも、殺菌効率が一桁以上大きいことが判明しました。図2(b)は、大腸菌の栄養が豊富な環境下において、様々な線量率における殺菌率を線量の関数として評価した結果を示したものであります。それぞれ、赤、緑、青の●は、それぞれ線量率が 147mGy/s、35.2mGy/s、15.3mGy/sで得られた殺菌率の結果であります。このグラフから、大腸菌の栄養が豊富な環境下においては、図2(a)の結果とは全く反対に、線量率を上げると殺菌率が向上することが判明しました。
従来の定説を覆す今回のX線殺菌結果と同様の効果は、2022年に、X線より波長のはるかに長い紫外線において松本教授らのグループにより報告されておりましたが、X線と紫外線では殺菌のメカニズムが異なるため、X線殺菌で同様の効果が成り立つか否かについては、本研究が行われるまで、明らかではありませんでした。
今回、数学の最先端手法である確率微分方程式を用いて実験結果を解析することによって、従来考えられていた、線量率に比例する殺菌効果(図3中のΓ0で記載)と細菌の増殖効果(図3中のΓ2で記載、豊富な栄養環境下で出現)以外に、図3に示すように線量率に非線形的に比例する(線量率が高いとその効果が弱くなる効果で図3中のΓ1というパラメーターで記述)新たなX線殺菌メカニズムの存在が明らかになりました。この新たなX線殺菌メカニズムは、現在のところ、X線照射により細菌内で活性酸素[4]が生成され、この活性酸素が細菌のDNAや脂質層を破壊して殺菌するものと考えられます。この活性酸素は不安定で、活性酸素同士が出会うとすぐに活性の無い酸素に変化してしまいます。このような理由により、高い線量率のX線を細菌に照射すると大量に活性酸素が生成されますが、その活性酸素同士が瞬時に結合して無害化する為、X線の殺菌効果が薄れてしまうことになります。この線量率に非線形的に比例する項を確率微分方程式に導入することによって、大腸菌の栄養が欠落した環境下における殺菌率の線量率依存性(図2(a)の赤・緑・青の理論曲線)、並びに大腸菌の栄養が豊富な環境下における線量率依存性(図2(b)の赤・緑・青の理論曲線)の両者を矛盾なく理論的に説明することが可能となりました。また、確率微分方程式を用いた本解析手法は、殺菌メカニズムが異なるX線殺菌と紫外線殺菌を簡便な計算式を使って統一的に取り扱うことも可能となります。
本手法は細菌のみならず各種細胞の放射線死滅効果についても定量的理解を与えることが可能となるため、(a)増殖速度を考慮する必要がない放射線滅菌技術に対しては最適な滅菌条件を定量的に与えることが出来るようになります。また、(b) 増殖速度の相違を考慮する必要がある場合、例えば、増殖速度が大きな病巣細胞(ガン細胞)を増殖速度が小さな正常細胞に対して効果的に死滅させるために、確率微分方程式の手法を用いて最適な照射条件を設定することが出来るため、従来よりも信頼性があり、かつ患者様に寄り添った体に負担のかからないやさしいX線並びに陽子線治療の実現に大きく貢献出来るものと考えております。

用語解説

1. 照射線量: 単位時間当たりの放射線量[線量率(Gy/s)]×照射時間(s)で定義される量。
2. 確率微分方程式: ウイルスおよび細菌の増殖死滅過程を確率過程と捉え、将来起こる確率は、現在得られている確率とその単位時間内におこる確率の積と考える。この考え方により得られる微分方程式。基礎科学的分野(例えばブラウン運動の理解)のみならず、現在では金融工学等の分野で幅広く用いられている。
3. グレイ(Gy): X線ならびに陽子線等の電離放射線が物質に与えたエネルギー量(吸収線量)を表す単位。例えば、1kgの物体が電離放射線から1Jのエネルギーを受け取ったとき、その吸収線量は1Gyとなる。
4. 活性酸素: 酸素原子・分子から生成される酸化力の高い化学物質。過酸化物、スーパーオキシド、一重項酸素等の物質が有名。

図1

図1.照射線量を200Gy(X線のエネルギーは220keV)で一定にした場合の、大腸菌の栄養が欠落した環境下における殺菌効果のX線線量率依存性。(a) 線量率147mGy/sで1360sの場合、99.5%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から180個に減少)を示すが、(b) 15.3mGy/sで13070sの場合、99.98%の殺菌率(大腸菌数がX線照射によって36000個から8個に減少)を示す。

図2

図2.(a)大腸菌の栄養が欠落した環境下における様々な線量率における大腸菌殺菌率[Log(N/N0)](N0は殺菌前の大腸菌の数、Nは殺菌後の大腸菌の数)を線量の関数としてプロットした結果。(b)大腸菌の栄養が豊富な環境下における様々な線量率における大腸菌殺菌率を線量の関数としてプロットした結果。それぞれ、赤、緑、青の●は、それぞれの線量率が 147mGy/s、35.2mGy/s、15.3mGy/sの結果を示す。赤・緑・青の実線は確率微分方程式が予測する理論曲線。

図3

図3.X線殺菌による細菌の殺菌効果を示すモデル図。従来はX線照射により、線量率に比例する殺菌効果(Γ0)と細菌の増殖効果(Γ2: 豊富な栄養環境下で出現)が考量されていた。今回、これらの効果以外に、線量率に非線形的に比例する効果(線量率が高いとその効果が弱くなる効果で図中のΓ1というパラメーターで記述)を発見。このパラメーターは、細菌内での活性酸素の生成・消滅過程を記述する。

研究助成

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP24K02406)および名古屋市立大学の特別研究奨励費(2321102)の研究助成により行われました。

論文タイトル

“Time-dose reciprocity mechanism for the inactivation of Escherichia coli using X-ray irradiation”

著者

松本貴裕(名古屋市立大学大学院芸術工学研究科、筆頭著者)
松本和久(名古屋市立大学大学院医学研究科、放射線医学分野)
立野一郎(名古屋市立大学大学院医学研究科、細菌学分野)
櫻川知代梨(名古屋市立大学大学院芸術工学研究科、修士課程2年)
樋渡昭雄(名古屋市立大学大学院医学研究科、放射線医学分野)
長谷川忠男(名古屋市立大学大学院医学研究科、細菌学分野)
冨田誠(静岡大学理学部)
岩田宏満(名古屋市立大学医学部附属西部医療センター陽子線治療科)

掲載学術誌

学術誌名: Scientific reports (サイエンティフィック レポーツ)
DOI番号:https://www.nature.com/articles/s41598-025-96461-1