名古屋市立大学 大学院人間文化研究科・人文社会学部

人間文化研究所

サイエンスカフェ

【開催報告2014年10月18日】第67回 バスキンド准教授 日本思想史における不干斎ハビアン

[2014年10月07日]
サイエンスカフェ第67回 10月18日(土)
テーマ:シリーズ「日本」を考える(3)
「日本思想史における不干斎ハビアン-位置づけの問題を中心に」
講師:ジェームス・バスキンド准教授 (日本思想史)

16世紀後半から17世紀始めにかけて、日本宗教界で特異な存在であった「不干斎(ふかんさい)ハビアン(1565-1621?)」とその著書『妙貞問答』について、名市大ジェームズ・バスキンド准教授(日本仏教研究)の講演を聞くことになった。
ハビアンといっても元は臨済宗(らしい)の日本人禅僧である。ところがキリシタンに改宗し、仏教十二宗派や神道、道教など日本のあらゆる宗教勢力をキリシタンの立場からメッタ切りする。それが『妙貞問答』で、二人の尼僧の問答体になった教書(カテキズモ)である。そこでは、「仏教・儒教・神道は「無」・「空」に基づき、後生の助けにならない」として、キリスト教の絶対「有」の神と魂の救済をもって批判を展開する。まさに比較宗教学の先駆者だろう。
ところが、ハビアンは1584年から20年間、イルマン(修道士)としてすぐれた弁舌で多くの信者を魅了するが、1608年突然、ひとりの修道女を連れてイエズス会を脱会、棄教する。さらに1620年には『破提宇子(ハデウス)』を著し、仏教の「無(空)」を「妙なる有」であると擁護し、キリスト教批判に向かうのである。この転回は謎である。
米オハイオ出身のバスキンド氏は、少々早口だが、じつにていねいに『妙貞問答』を説いていく。幕府誕生前後の混乱の中、突如あらわれた異形の宗教者像にひた迫ろうとする氏の生真面目さは、好感を呼んでいた。

城 浩介(名市大大学院「市民学びの会」会員)
バスキンド

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