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在学生の声

いちばん大切なことを被災地の体験が教えてくれた。

知識よりも必要なものがある

名古屋市立大学の看護学部に入学して、将来どんな看護師になりたいかと尋ねられ、成田明穂さんはこう答えた。

名古屋市立大学看護学部看護学科 成田明穂さん

「看護師は優しいだけではダメ。私は、専門知識を持つ賢い看護師になりたい」

しかしすぐに、優しさだけでも知識だけでもダメだということを知ることになる。

本学の看護学部では、看護師にとって最も大切なコミュニケーション能力を1年生の時に徹底的に学ぶ。彼女も「医薬看連携早期体験学習」や部活動、さらに名古屋市の学生団体との活動などを通して多種多様な人と出会い、コミュニケーションの大切さを痛感した。それと同時に、自分の弱点がそのコミュニケーション能力だということにも気づかされた。

そんなある日、「医薬看連携早期体験学習」の最終講義で、教育の一環としてボランティアスタッフを募集していることを知った。1年次の3月終わりの約1週間、陸前高田の病院でボランティア活動を兼ねて調査研究の補助を行うという。

「学生団体の活動の中でお会いした被災地の方から『実際の被災地は、あなたたちが報道から想像しているものとは違う』とお聞きしました。私も看護師をめざす者として、一度は自分で見ておいた方が良いと思い、すぐに応募しました」

想像と違っていたもの

高田病院で彼女たちが行ったのは「お薬手帳の認知度調査」。待合室の患者さんに声をかけ、お薬手帳を持っているかどうか質問する。しかし、聞きたいのはお薬手帳の話だけではない。

「飯塚先生からいただいたアドバイスは、その質問をきっかけにして、患者さんからいろんな話をたくさん聞き出しなさいというものでした」

仮設住宅にてお話を伺う様子

被災した時の気持ち、どうやって逃げ延びたか、今の生活、これからの夢……。患者さんは嫌な顔ひとつせず、淡々と彼女に語ってくれた。津波で保健師をしていた娘さんを亡くしたという女性は、「私の娘は、被災した方を助けようとして逃げ遅れました。きっと保健師としての責任感があったのでしょう。でも、もしいつか同じような震災に遭遇しても、絶対にあなたは死んではだめよ」と、逆に彼女を気遣ってくれた。そんな一人ひとりの話を聞きながら、彼女は涙をこらえることができなかった。

そして彼女は気づいた。実際の被災地が自分たちの想像と違っていたのは、街の様子のことだけではない。

「被災者の方たちの気持ちも私が想像していたものと違いました。誰もが、いつまでも自分たちは被災者ではないという気持ちを持ち、何かお返しをしたいと思っておられました。だから、私に優しく話をしてくれていたんです」
これまで「何かをしてあげよう」という気持ちでボランティアに参加していた自分が情けなくなった。それに気づき、彼女はまた涙をこぼした。

岩手県の漁業を見学

そんな陸前高田で、彼女は名古屋市から保健指導のボランティアとして派遣されていた男性保健師と出会う。保健指導に同行しながら涙を流す彼女を、彼は優しくたしなめた。

『あなたの仕事は泣くことじゃないよね?』

「そう言われて、すごく反省しました。すべては自分の力不足のせいです」

この1週間のボランティアを通して、彼女の中で何かが変わった。

「自分が看護師として成長できそうなことは、何でも体験しようと思うようになりました」

頼られる医療者になるという決意

2年生になってから、学外のHIV検査のボランティア活動にも積極的に参加した。検査を受ける人の表情を見ていると、教科書の知識だけでは決して分からない、気持ちの動きまで少しずつ見えてくるようになった。他にも多くのチャンスを見つけ、彼女は挑戦を続けてきた。

最大の挑戦は、看護師だけでなく保健師の資格を本気でめざそうと思ったことだった。

「最初は資格が欲しくて保健師を考えていました。でも陸前高田に行ってから、より広い分野で患者さんや地域の人のためになりたいと思い、保健師についても勉強しようと決めました」

そして、もう一つ理由がある。

「あの時、私は泣くことしかできませんでした。でも陸前高田で出会った保健師さんは患者さんの話を聞き、すべて受け入れていました。患者さんからも、病院の職員さんから大いに信頼され、地域の多くの人から頼りにされていました。私もそんな医療者になりたいんです」

懸命に勉強をした結果、彼女は一学年で20名しか合格しない保健師養成コースの選抜試験に合格。3年生になってからは看護師の勉強だけでなく保健師の勉強も加わり忙しくなった。現在の悩みは、勉強が忙しくて、なかなかボランティアにも頻繁に参加できないこと。

「本当はまた陸前高田に行って、今度はもっと多くの人と話しをしたいのですが」

将来、どんな看護師になりたいかを尋ねると、彼女はこう答えた。

「看護師は、専門知識を持っているのは当たり前。私は、患者さんの言葉にならない気持ちに気付くことができ、信頼される看護師になりたい」

大切なのは、本当に患者さんが求めていることは何かを理解する力。そして、それが本当に患者さんのためになるかを判断し、良くないことは良くないと言える力。そこには優しさや知識だけでなく、患者さんとの信頼関係がなくてはならない。基本はコミュニケーション能力なのだ。

この先も多くの人と出会い、多くの経験をしながら、彼女は医療人として成長を続ける。

プロフィール

成田明穂さん
看護学部 看護学科3年

入学してすぐに名古屋の大学生の活動であるNAGOYA学生キャンパス「ナゴ校」に参加した成田さん。震災を忘れないための「キャンドルナイト名古屋」などのイベントに参加してきた。学内ではフットサルサークルに入部し、医療系学部だけでなく、さまざまな学部の仲間と一緒に汗を流す。こうして多くの人と出会い、経験すること、考えることのすべてが、医療人としての彼女の成長につながっている。

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