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在学生の声

研究と実践を通して、自分の設計とは何かを問い続ける。

久野先生との出会い

平成18年、名古屋市立大学芸術工学部に一人の先生が赴任した。当時1年生だった永瀬智基さんは、その先生が建築関連の数々の賞を取っていると聞き、素直に「すごい先生が来たなあ」と思っていたという。

芸術工学研究科 博士後期課程3年 永瀬智基さん

当時、永瀬さんは進むべき方向に迷っていた。

「ものづくりが好きで芸術工学部に入ったのですが、インテリアやプロダクトデザインにも興味があり、自分が本当にしたいことが何なのかが分かりませんでした」

彼が壁を乗り越えるヒントを見つけたのは2年生のとき。前年に赴任してきた先生の実習で、ある建物の改修プランを考えることになった。

「その先生は、建築を見た目だけで評価するのではなく、時間や風土、街やその土地に根差した慣習、室内に満たされる音や熱環境、施工者の造りかたなどで評価することの大切さを教えてくれました。建築に対する考え方は人それぞれですが、私にはその先生の考え方がとても自分に合っていると思ったんです」

その先生は建築の設計にかかる前に何度も現地に赴き、前述したような多面的な視点で検証しながら設計を考える。なぜなら、建築は目で見た美しさだけでなく、体験することによって初めてその良さが分かるのだから。その考え方が彼にはとても興味深く感じられた。

ゼミのミーティングの様子

これが、永瀬さんが本格的に建築に興味を持ったきっかけであり、その先生・・・・・・久野紀光准教授の下で学んでみようと思い始めたきっかけでもあった。

3年生になり、永瀬さんは久野先生のゼミを選んだ。

「久野先生は、教えるときにすぐ答えを出しません。さまざまな見方や考え方があることを示し、あとは自分で考えなさい、というスタンスでした」

ゼミでの先生はとても厳しかった。永瀬さんがゼミに入ったばかりの頃、先生は学生の前に50冊ほどの本を並べて言った。

『僕はこういう本に興味がある。君たちも読んでみたらいいんじゃないか?』

「当然、読みなさいという意味です。理解できない本もありましたが、私たちは分からないまま先輩に教えてもらいながら読みました。でも、そのおかげで建築に対する興味が一気にふくらみ、広い視点を持てるようになったのは確かです」

先生が厳しいのは授業中だけで、普段は学生と話したり飲んだりすることが大好き。しかし、お酒の席で「あれについてどう思う?」と学生にいきなり質問することも珍しくなかった。

「そこで自分の意見を言えればいいのですが、最初、ゼミ生はほとんど議論なんてできません。先生と先輩たちのハイレベルな議論に少しでも参加できるよう、みんな必死で勉強しました」

設計に対する自分の思いとは

芸術工学部では、久野先生のほかにも伊藤恭行教授といった建築家をはじめ、大学で教鞭をとりながら“ものづくりのプロ”としても活躍する教員が多い。授業や実習でそんなプロと接するうちに、つい自分と比較してしまい、永瀬さんは焦りを感じるようになった。

「先生と話をするたびに、自分自身が設計のアカデミックな理論のことを本当に不勉強だと痛感しました。また、自分の設計とは何だろうということもよく考えてこなかったことも思い知らされました。仕事をすれば知識やノウハウは覚えられますが、その核となる部分が曖昧だと、将来、絶対に行き詰まると思っていました」

そこで彼は大学院に進み、久野先生の研究室でより深く設計を学ぶことに決めた。

大学院での彼の研究テーマは「建築空間における表象」。たとえば建築物を写真などで見たときと、実際の建築物を見たときの印象は異なる。その情報の表れ方の違いを明らかにする研究だ。

「よく久野先生は『僕の建築の良さは、写真では伝わりにくい』と言われます。それがなぜ起きるのかを考えるきっかけになるかも知れません」

実践を通して設計を学ぶ

しかし、アカデミックな研究をするためだけに彼は大学院に進んだのではない。

「卒業してすぐに設計を手がけている友人と比べると、私は設計の現場の経験数が少なくなってしまいます。私が大学院でも久野研究室を選んだのは『実践』をとても大切にする研究室で、設計の現場を体験する機会が多いということも大きな理由でした」

そもそも久野先生の指導自体がとても実践的だった。彼が大学院に進んですぐ、先生が学生に与えた課題は、ある建物の設計図を元に、建築の詳細図を起こすというものだった。

「それまで詳細図なんて描いたことがなかったので、必死になって調べました」

また久野ゼミの学部生が課題発表を行ったとき、外部講師として参加した他大学の教授が「ここまで具体的な議論を行うゼミは初めて」と驚いたというエピソードもある。

住宅の現場管理の様子

そして久野研究室には、先生が依頼を受けた仕事を、ゼミ生が担当者として先生と協働しながら設計監理を行なうという実践的な機会がある。

「私は担当者として、敷地調査や法的条件のヒアリングと整理、お客様や構造エンジニアとの打合せなどの席に先生と同行し、いくつもの案の作成と検討を経て設計案をまとめ、着工後には毎週のように現場に通い、施工者との打合せ(監理)を重ねました。これまでに一般住宅2棟、宿泊施設1棟、公共施設1棟(進行中)の設計を担当しました」

学内での実習とは違い、実際の建築物の設計となると桁違いの緊張を感じるという。

「学部の後輩に指導するときは『実現できるかどうかはあまり考えず、自由に発想しなさい』とアドバイスをする時もありますが、実際に自分で決めた仕様で建物が完成するとなると、もし雨漏りしたらどうしようとか、現実の問題ばかりが気になってしまい、とても怖いと感じることがあります。でも、設計者として、その感覚をなくしてはいけないと思います」

これからプロとして設計を続けていくには、自分が「いいと思う」だけでは通用しない。特に大型の建物になれば関わる人も増える。その人たちから丁寧に吸い上げた思いと、自分の思いをどのように調整し、最終的に風雪や、変化する社会に価値を失わない建築にするか。それを永瀬さんは実際の設計を通して学び続けている。

修士2年生のとき、もっと研究を続けるために博士後期課程に進んだ。今も彼は久野研究室で研究と実践に忙しい日々を送る。将来は「大きな設計事務所ではなく、個人のアトリエでもっと勉強したい」と夢を語る。

「その先は、自分で設計事務所を立ち上げたい。そしていつか、大学に戻ってもう一度研究をしたいと思っています」

こうして、久野先生から受け継いだ設計への思いは、さらに次の世代へと受け継がれていくのだ。

プロフィール

永瀬智基さん
芸術工学研究科 博士後期課程3年

ル・ランシーノートルダム教会

旅行が好き。以前は思いたって北海道や大分などへ自動車旅行を楽しんだ。しかし旅行先でも、つい設計者の視点で建物などに見入ってしまうため、「一緒に旅行をする友人と歩くペースが合わないんです」と笑う。修士2年生のとき、担当していた住宅の設計が終わったタイミングで、先生が「一カ月、海外に行ってきなさい」と送り出してくれた。その旅行中にフランスのル・ランシーノートルダム教会に立ち寄り、内部の美しさに感動したことが今も忘れられない。

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