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卒業生の声

創薬から育薬まで患者さんのために人生を歩む

私が薬を創りたい

名市大の薬学部が、薬剤師の養成が主な目的である「薬学科」(6年制)と、研究者や技術者の養成が主な目的である「生命薬科学科」(4年制)となったのは2006年。この節目の年に薬学部に入学した田頭里佳さんは、「生命薬科学科」の第1期生として大学生活をスタートさせた。

田頭里佳さん

「高校在学時、糖尿病の治療薬であるインシュリンが注射のみでしか投与できず、患者さんが苦痛を強いられていると知りました。その時、それならインシュリンの飲み薬を私が創りたいと思ったんです。それが、研究者を志すきっかけでした」

研究者としての知識やスキルを養うため、「生命薬科学科」では3年次の後期より研究室に配属される。彼女は薬物動態制御学の湯浅博昭教授の研究室を希望した。大学の講義で薬学に関するさまざまな知識を習得していく中で、薬物動態制御学に興味を持ったことが理由である。この研究室で彼女は未知のトランスポーターに関する研究に従事することとなった。

トランスポーターとは、生体膜に発現し、物質を細胞内外に輸送する膜タンパク質のことで、薬物の細胞内外輸送にも関与していることが知られている。そのため、医薬品の薬物動態や安全性、有効性などにおける重要な制御因子であることが知られており、創薬のターゲットとしても注目を集めている。

「私が研究していたのは、ヒトの胸腺に高発現する、新しいプロスタグランジントランスポーターでした。胸腺は免疫細胞の生成に関わる重要な器官であるため、このトランスポーターが免疫疾患を引き起こす1つの要因となっている可能性が考えられました。このトランスポーターの生理機能を解明することができれば、免疫疾患で苦しむ患者さんを救えるかもしれない。それが研究を進める上でのモチベーションでした」

湯浅研究室では、研究仮説とその仮説を検証するための実験計画を先生と相談しながら策定するが、その計画をどのように進めるのかといった研究プロセスについてはほとんどが学生の裁量に任されている。彼女は効率的に実験回数を重ねていけるようプロセスに工夫を凝らし、苦しむ患者さんを救おうと、より早期の解明を目指した。

より患者さんの近くで

田頭さんによれば、生命薬科学科では4年で卒業してすぐ就職する学生は少数派で、その多くは大学院に進学して研究を続け、研究スキルの向上や専門知識の習得を目指すという。田頭さんも、自分が高校の頃から抱いてきた研究者になる夢を叶えるため、大学院へと一歩足を踏み出した。

「ところが大学院に進んだら、これまで順調だった研究が一気にペースダウンしました」

輸送のメカニズムはそれまでにほぼ解明できたが、このトランスポーターが胸腺という器官に高発現する理由と、どんな役割を担っているかの解明に困難を極めたのだ。

「何度も先生と相談し、仮説と実験計画を見直しながら手探りで進めていきました」

しかし、2年間の大学院在学中にはトランスポーターの生理的意義を解明することはできなかった。

田頭さんと湯浅教授

「つらい時期ではありましたが、仮説を再検討していく過程で多角的な視野を持てるようになりましたし、仮説を構築するための論理的思考力や、失敗にもめげない忍耐力を養うことができました。また、生理機能の解明には至りませんでしたが、輸送メカニズムの解明という成果については、日本薬物動態学会やアメリカのISSX(International Society for the Study of Xenobiotics)学会で発表させていただく機会をいただき、とても貴重な経験ができました。大学3年次から大学院まで、この研究室で学んだ3年半はとても有意義で、自身を大きく成長させてくれたと思います。湯浅教授をはじめとする先生方にはとても感謝しています」

田頭さんが大学院で骨を折ったのは研究だけではなかった。大学院を前期課程で修了する学生にとって、大学院の一年次は就活シーズンの始まりでもあった。

「ようやくトランスポーターの研究が佳境に入ってきた段階でした。後期課程で研究をより進める選択肢もありましたが、それよりも、ここまで学んできた薬学の専門知識や研究のスキルを患者さんのために生かしたかったのです」

彼女は研究の合間を縫って全国の製薬メーカーの説明会に参加したり、先輩社員の話を聞いたりした。その過程で「開発職」という職種があることを知った。「開発職」とは、研究によって見つけ出された医薬品の候補となる化合物が、ヒトにおいて有効であるか、安全であるかを検証する臨床試験(治験)を企画・管理する職種のことだ。

「開発職であれば、今まで大学で学んできた知識を十分に生かすことができますし、何より医療現場や患者さんに近い所で医薬品の開発に携われる点にとても魅力を感じました」

田頭里佳さん

研究のスキルだけでなく、患者さんへの思いも育んでいった彼女は、「研究職」から「開発職」に職種を変え、遂には外資系の製薬会社から内定を獲得した。しかも、彼女が望んでいた開発職での採用だった。

医薬品を育てる

念願だった製薬会社の開発本部に所属した彼女は、実際に医療現場に赴き、データの収集や確認などを実施するモニターとしてCOPDや全身性エリテマトーデスなど、複数の医薬品の臨床試験業務に携わり、医薬品を市場に送り出してきた。

現在、彼女は市販後の医薬品の調査と適正使用促進のための情報の発信を担当する。

「治験では症例数や実施期間などの条件が限られているため、実際の医療現場でより多くの患者さんに服用されることで、治験段階では分からなかった副作用が起きることがあります。そのため、私は医薬品の副作用情報を医療現場や各国の規制当局、論文等から収集し、その副作用が医薬品の新たなリスクであるかどうかを検討しています。また、新たなリスクがある場合は、そのリスクを最小化するための対策を練ります。医薬品は承認されたらおしまいではありません。世に出てからも効果を最大に、またリスクを最小化するために薬を育てていかなければいけません」

田頭里佳さん

場合によっては、添付文書に注釈を加えて注意を促したり、医療機関に通知を出したりするなどの対策を取らなくてはならない。医薬品と医療現場を結ぶ部署だけに、彼女は大きな責任を担い、毎日を送っている。

そんな日々の中で彼女が実感していることは、名市大で得たものが今の自分を支えているということだ。薬学の専門知識はもちろんのこと、研究を通じて培った論理的思考力や、多角的に物事を捉える力、忍耐力などは仕事に大いに役立っている。

「高校生の頃はインシュリンの飲み薬を開発する研究者になりたいと考えていましたが、今は開発者として医薬品開発に携わり、多くの患者さんに貢献できていることにやりがいを感じています。多種多様な分野から自身にあった職種を選ぶことができるのも、名市大の生命薬科学科ならではの利点だと思います」

そして就職して3年目に結婚し、現在は一人目の子どもを授かって育児休暇を取得し、新米ママとしての時間を過ごしている。

「当社は、産前6週間、産後は8週間、育児休暇は最長で2年間取得できます。本当に、女性が働くには良い環境だと感謝しています」

しかし、彼女はその環境に甘んじるのではなく、できるだけ早く開発の現場に復職したいと今は思っているという。

「医薬品開発は急激に進化していますし、医薬品の評価手法も日々進化を続けています。だから開発者としては、あまり長いブランクはつくりたくありません」

彼女にとっての育児休暇は、育児に専念する時間であると同時に、次のステップに向けて自分自身を高める時間でもあるのだ。

「最近、医薬品の安全性評価にビッグデータを活用しようとしています。復帰後に役立つかもしれないと思い、統計学や疫学の勉強を始めました」

開発者となり医薬品を育てる日々。そして今、家庭を育みながら成長を続ける彼女は、また新たな一歩を踏み出そうとしている。

プロフィール

田頭里佳さん

田頭 里佳(たがしら りか)さん
グラクソ・スミスクライン株式会社
開発本部 安全性・PMS部門 安全対策部
[略歴]
2010年 名古屋市立大学 薬学部生命薬科学科 卒業
2012年 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 博士前期課程 修了

薬の研究者になるべく、新設したばかりの生命薬科学科に入学した田頭さん。しかし第一期生であることに不安はなかったという。理由は「薬学教育では120年以上もの歴史がある大学(名市大薬学部の前身は明治17年(1884年)に開校した名古屋薬学校)だから」。大学時代は研究以外にもダンス部や海外でのボランティアなど、積極的に活動し、多くの方と親交を深めた。就職後もスキューバダイビングのサークルに所属し、公私ともに充実した日々を過ごしている。

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